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04.29.11:15

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  • 04/29/11:15

01.12.19:19

美しい蒼の時間

学生会館を出ると、外は相変わらず雨が降っていた。朝から厚い雲に覆われていた薄ら白い空は、六限目のメアリー教官の授業を待たずに雨粒を零して今にまで降り続いている。日が沈む頃には雷を伴う激しい雨になる、と今朝から導力ラジオで流れていた予報は見事に的中したことになる。今夜は満月の予定だが、この分では見ることは出来ないだろう。大降りになる前に寮へ帰るべきだと判断し、リィンは手早く鞄の中から折り畳み傘を出して開いた。
 正門に差し掛かると校舎から見知った顔が出てきた。中世的な顔立ちの明るい赤毛の男子生徒と、褐色の肌を持つ男子生徒だ。どちらもリィンと同じ赤い制服に身を包んでいる。
 彼らもリィンの存在にすぐに気付いたようだ。
「リィン、今から帰るとこ?」
 小走りで近寄って来たエリオットに問われてリィンは頷く。
「ああ。二人も今日は部活は終わりか?」
 エリオットとその後に続くガイウスとを交互に見遣り、リィンも訪ねた。
 「そうだな。生徒は殆んど帰ってしまったようだ。この雨だからな」僅かに首を傾げてガイウスが言った。「うちの部長はまだ残っているが」
 一人部室で作品に向かう彼女の姿が容易にリィンの脳裏に過ぎる。エリオットも似たような想像をしたのか、眉根の寄った笑顔を向けられた。石と向き合う孤高の変人の姿は、美術部内外に知れ渡っているようだ。――そこで不意に、奇妙な既視感を覚えて返すべき言葉を見失う。だが、すぐにその正体に思い当たり、リィンは口を開いた。
「そういえば、Ⅶ組の教室は覗いたのか?」
 問うと、エリオットはただでさえ大きな丸い目を更に大きく見開いて、ゆっくりとひとつ瞬きをした。その表情が全てを物語っており、今度はリィンが苦笑を溢す番だった。
 最後の授業を終えて各々の部活に向かうクラスメイトを見送りながら、最後までリィンは教室に残っていた。正確にはリィンと同じように部活動に所属のない、最近赤い制服に袖を通したばかりの上級生と共に居た。ただし、彼はメアリー教官の持参した蓄音機が歌姫の歌声を紡ぎ、その合間を縫うような雨音の響く六時限目の時分から机に突っ伏したままだ。傍らに立ち、何度か声を掛けたが目を覚ます様子はなく、その肩に手を掛けようとしたところでリィンのARCUSが鳴った。呼び出しはトワ会長からのもので、いよいよクロウにかかずらっては居られなくなり、リィンはそのまま彼を一人残して教室を後にしたのだった。
「先に寮に帰っているのなら、それはそれで構わないんだが」
 クロウを一人教室に残してきてしまった手前、このまま素知らぬ顔をして学院を立ち去るのは忍びない。リィンは二人に肩を竦めて見せてから、正門に向かいかけた踵を返す。自業自得なんだし放っておけば良いのに、という苦笑交じりに発せられた辛辣な真理は聞こえないふりをした。

 部活動に励む生徒で賑わっていた放課後の校舎は、差し迫る日没を前に静まり返っていた。廊下には規則正しい一人分の足音と、窓を叩く雨粒の音だけが響いている。グラウンドの喧騒が届かないことも、この蕭条とした空気に一役買っているのかも知れない。
 階段を上がり曲がった先の右手側の窓からは、雨に打たれる色付き始めた木の葉が見えた。窓に近付いて中庭を見下ろしたが、当然のことながら誰も居ない。晴れの日であれば猫の子供のような風体で中庭のベンチを占領しているクラスメイトの姿もあっただろうに、とほんの少しの名残惜しさを自覚しながらリィンは窓を離れた。
 それから、誰と擦れ違うこともなくⅦ組の教室の前に辿り着いた。扉一枚隔てた向こう側の気配は、雨音の所為か酷く曖昧で捉え難い。試しにノックをしてみたが教室の中から返事はなく、代わりに犬の鳴き声のような低く轟く雷鳴が鼓膜を打った。
「入ります」
 声をかけて扉を開ける。明々と導力灯の灯る教室の中を見渡すまでもなく、一番後ろの列の窓際の席に赤く丸まった背中を見留めるとリィンは何故だか小さく息を詰めた。クロウだ。
 教室に入り、後ろ手に扉を閉める。傍らに立っても、故郷の雪山を思わせる色素の薄い頭は微動だにしなかった。彼の表情は腕を枕にうつ伏せているので判らない。
「クロウ先輩」
 詰めていた息を吐き出すと共に名前を呼ぶ。だが、クロウが起きる気配はない。
 視界の端で薄暗く沈み始めた空に煌めく閃光を捉える。つられるようにして窓の外に目を遣ると、風が強くなってきたのか伸びた枝葉が大きく揺られている様子が見えた。次いで、雷鳴が轟く。まだ距離はあるが、先ほどまでより雷雨は近付いているようだった。折り畳み傘一つでは矢張り心許ないかも知れない。
「クロウ先輩、起きて下さい」
 幾らか語気を強めて、再度クロウの名前を呼ぶ。それでも、決して小さくはない筈の呼びかけにも彼は反応を示さない。
 少し迷ってから、リィンは赤い制服に包まれた肩に手を置いた。クロウ先輩。名前を呼びながら肩を揺り動かす。だが、薄ら白い髪の先はリィンの力に任せて肩に置いた指先を掠めるばかりだ。クロウが起きる気配はない。
 こうしている今も、窓の外では徐々に雨足が強さを増していた。クロウの名前を呼ぶ何故だか細いリィンの声など、発した傍から耳に届く前に掻き消されているのではないかと思える強さだ。
 また何処かで、雷の落ちる音がした。空は光ったかも知れないし、光らなかったかも知れない。窓から外を見ていれば稲光が見えたかも知れない。ただ、その時リィンは少し癖のある銀髪の、その合間から覗く彼の項を眺めていたので全ては憶測に過ぎない。
 気が付けば覚醒を促す意図で以ってクロウに触れていた手は動きを止め、力なく肩口に添えられるだけに留まっていた。その、幾重かの布を隔てた向こう側に、この項と同じ色をした彼の膚がある。手の平には更にその下の、肉と骨の感触と温度とが触れていた。不意に、口の中の渇きが意識される。彼に触れていない方の手は拳を固めていて、指先まで冷えていた。不思議に思いながら、リィンは汗を握る拳を開いた。何の変哲もない見慣れた自分の手の平だ。そしてまた改めて、彼の項に視線を落とした。制服の赤色とのコントラストの所為か殊の外白く、頼りなくリィンの目には映った。
 肩口に置いた手の平を浮かせて、毛先を掠め、指先を伸ばし掛けて、やめる。一歩、後ろに下がることでクロウから距離を取り、そうしてリィンは小さく溜め息を吐いた。
「……起きてるんですよね?」
 軽く頭を左右に振って、リィンは言った。確信はない。ただの願望だ。そして矢張り、彼から返される言葉はないようだった。
 クロウの前の席の椅子を引く。そのまま腰掛けて背凭れに肘を突く。肩越しに見る窓の外は、厚い雨雲の所為か随分と暗くなっていた。
「……起きて下さい、クロウ先輩」
 鈍色の空を眺めたまま、リィンは言った。厚い雲の、その向こう側の月を想う。
「クロウ先輩」
 もう一度呼びかけた。覚醒を促すには小さ過ぎる、頼りない声量だ。けれどそこで漸く、クロウは僅かだが反応らしい反応を見せた。微かに身じろいで、頭が傾く。そうすることで、落ちかかる長い前髪とトレードマークであるとも言えるバンダナの間から彼の目許が覗き見えた。一日の終わりの陽の色に焦げる空によく似た印象的な赤い眼は、今は目蓋に閉ざされている。起きる気配のない彼の様子に落胆と同時に安堵を感じながら、リィンは再び窓の外へと目を移した。
 そうしてリィンが黙り込んでしまうと、あとはもう導力ラジオから流れるノイズのような雨の音が聞こえるばかりの静けさが教室を支配した。窓から見える景色の殆どは宵闇に溶けて、その輪郭を曖昧にぼかしている。月は見えない。当たり前だ。それでも確かに、雨の煙る視界の先、或いは見上げる雲の向こう側には、星が瞬き、月の煌めく夜空が広がっている。ただそれだけの事実が、今は不思議に思えてならなかった。例えばそれは、無為な呼びかけを連ねるという行為にも似ている。
「――クロウ」
 思い至ると、意図せず彼の名前を口にしていた。発してからその事実に気付き口元を押えるのと、重く空を埋め尽くす鉛色の雲間にリィンが光を見留めるのとは、殆んど同時のことだった。
 月だ。直感的に断じて腰を浮かせるリィンの腕を、誰かが掴んだ。慌てて振り返ったそこで、閉ざされていた筈の紅い視線とかち合う。深い赤色がいつもより鮮明に印象付けられたのは、窓の外が一際鮮烈に輝いた為だ。
 落ちた、とリィンは思った。
 教室の中が真昼の明るさを取り戻し、間一髪入れず校舎全体を震わせるかのような轟音が轟く。導力灯が二度、三度と明滅を繰り返した後、教室は幽冥と1/fゆらぎに包まれた。
 いつもなら、夕焼けと夜の空とが混ざり合う黄昏時の地平線に似た色をした二つ年上の同級生の虹彩は、今は彩度を欠いて濃い群青色に見える。まるで深い夜の底のようだ、とリィンは思った。
その見たことのない色をした眼差を、リィンは声を発することも、腕を掴む彼の手を振り解くことも忘れて見つめた。やがてクロウはくつくつと喉を鳴らして笑い、緩く頭を振ってリィンの腕を解放した。
「……やっぱり、起きてた」
 意思に反して震える声を、息を吐くことで誤魔化しながらリィンは言った。机に預けていた上体を起こすと、クロウは肩を竦める。
「いやいや。すっげぇ寝てたって。食後にメアリー教官の授業とか、マジで殺しに掛かって来てるとしか思えねぇわ」
「クロウ、の場合は……食後とかメアリー教官の授業とか関係ない気がする、けど」
 軽口一つとってみても拭えないぎこちなさをリィンは胸中で毒づいた。導力灯が落ちて間もない薄闇の中ではクロウの表情までは読み取れない。だが、背凭れに体重を乗せ頭の後ろで手を組む彼からは微笑むような気配が伝わってきた。
「笑うなよ」
 何となく居心地が悪くなり居住まいを正しながらリィンは言った。聞いているのかいないのか、クロウはが今度は小さく声を上げて笑う。そして窓の方を向いた。閃光の中で一瞬、彼の輪郭が浮かび上がる。
「さっきよか遠いか」
「ああ。……雨足は相変わらずだけど」
 相槌を打って空いた間は、頭の中で一度組み立てられた余所行きの言葉から装飾を削ぎ落とすのに要した時間だ。
「だな。誰かさんが放置プレイかましてくれてる間にどしゃぶりじゃねぇか」
 何処か遠くを眺め遣りながら悪態を吐くクロウの声音は柔らかい。窓を伝う雨だれが、斑模様の影になって落ちる彼の横顔から、リィンも窓の外へと視線を移した。彼の言う通り、外は酷い雨と風だ。時折雲間を走る雷に照らされて、光の槍のような雨が降り注いでいる。
「灯り、点かないな」
「んー……さっきの雷で導力ケーブルやられたんじゃねぇーの?」
「そんな他人事みたいに。これからこの雨の中を帰るんだぞ、解かってるのか?」
 折り畳み傘程度で凌げるとは到底思えない雨足に、気鬱になりながらリィンは言った。外を見ていても気が滅入るばかりなのでクロウへと向き直ると、彼も丁度頭の後ろで組んだ手を解いたところだった。
 「何だ何だ。お前、帰んの?」机に頬杖を突きいて笑いながらクロウは言った。「ガッツだな!」
 眩暈がした。こめかみを押えて、リィンは俯く。
「俺は、クロウを迎えに来たんだが」
「おお。ゴクローサン」
「お前なぁ」
 顔を上げながら、思わずリィンは呻いた。
確かにクロウを教室に残してきたというリィンの勝手な罪悪感は、彼の知るところではない。だが、それにしてもあまりにも空回りが過ぎるのではないか、と失望にも似た落胆をリィンは覚える。その落胆が身勝手な期待に起因する自覚もあるものだから、尚のこと性質が悪い。――諸々のそうした自嘲の念は、顔を上げた途端に何処かへ追い遣られてしまった。
 頬杖から僅かに顔を浮かせたクロウが笑みを潜めてリィンを見下ろしていたからだ。心なしか、その表情には驚きの色が見て取れる。
「クロウ?」
 まだ少し、舌に馴染まない名前をリィンは呼んだ。それから、クロウの頬杖の意味をなくした腕が伸びて、リィンの頭に乗せられるまでの、その過程を見守った。妹やⅦ組の年下の女生徒の頭に、リィンも時折このようにして手を伸ばすことはあるので、意図は判らないでもない。髪を撫でられる感触はあまり馴染みのないものだが、悪い気はしない。悪い気はしないが、困惑はした。理由が判らないからだ。
「えっと、クロウ先輩?これは何か意趣返しとか、そういうことですか?」
「んにゃ?特に理由はねぇよ。っつーか何で敬語復活?」
 もう一方の手も伸びてきて、両手で髪を掻き混ぜられる。特に抵抗することもなく暫くはクロウのさせたい好きなようにさせていたが、段々と奇妙に落ち着かない心地になってとうとうリィンはその手首を掴んだ。
「理由がないならやめて下さい、クロウ先輩」
「どうした~?笑顔が怖いぞ、リィン後輩」
 嵐の薄暮に不似合いな程の明朗な笑顔を浮かべたクロウは、リィンが掴む手首を逆手に絡め取ってきた。そのまま引き寄せられたと思ったら、次の瞬間には頭を抱え込まれていた。
「帰るなんてつれないこと言うなよ。お兄さんと一緒に雨宿りと洒落込もうぜ?」
 言葉の意味を理解するより先に、耳元に注ぎ込まれた吐息の熱さに驚いた。慌ててリィンはクロウを引き剥がすと距離を取る。その拍子に引っくり返った椅子の足が向こう脛を強かに打ち付けたがそれどころではない。
「お前、今すっげぇ音したけどだいじょう――」
「近い!」
 腰を浮かせたクロウの手が届く前にリィンは声を張り上げた。失敗した、と即座に思いはしたが遅かった。彼が呆気に取られたかのように静止したのは一瞬のことで、すぐに肩を震わせ始める。
 「そりゃあまぁ、そうだろうなぁ」ひとしきり笑ってから椅子に座り直してクロウは言った。「お前、パーソナルスペース重視する性質っぽいし?」
 肩を竦めるクロウを、リィンは見下ろす。抑えた耳はまだ少し熱い。
「……まぁ理由も、分かんなくもねぇし」
 でも、とクロウはそこで言葉を切った。雨の影を映した昏い色の双眸がリィンを静かに見上げてくる。それから、一度開きかけた口を閉ざして彼は視線を彷徨わせた。何か、言葉を選んでいるようでもあった。頭の回転が早くテンポの良い会話を好む彼にしては珍しい沈黙だ。だから、リィンはただ黙って先に続くだろう言葉を待つことにした。
「大丈夫だっただろ」
 ややあって、上目遣いにリィンを捉えながらクロウは口を開いた。問いではなく、断定だった。
 時折、クロウはこうした真摯な眼差しをリィンに向けてくることがある。その度にどうしてだか、リィンは酷く情けない気持ちになった。
「主語を話せ、主語を」
 溜め息と共に吐き出すと、リィンは倒れた椅子を起こした。
「わかんねーなら、それはそれで別に」
 改めてクロウの前に座り直す。彼は穏やかに微笑んで、それから窓の外へと視線を差し向けた。雨は変わらず降り続けている。
 分からない筈がなかった。
「ああ、大丈夫だった。……クロウのお陰だな」
 告げると、視界の端でうすぼんやりとした白色が揺れる。雨音にくつくつと喉で笑う彼の声が混ざった。
「はき違えんなよ?お前がレグラムでⅦ組の奴らに秘密を打ち明ける気になったことも、Ⅶ組の奴らがお前の秘密を受け止めることが出来たのも、そりゃお前達が五ヶ月掛けて培ってきたもんがあってこそだろーが」
 凡そクロウらしくない物言いだ。何となく、照れ隠しなら良いのに、とリィンは思った。
 横目でクロウの様子を伺う。「お。光った」と口許を緩める横顔は常と変わらないように見えた。続く雷鳴に耳を傾けながらリィンは目を閉じる。
「月が見えたんだ」
 黒い雲間に閃く、一瞬の光を目蓋の裏に思い描いた。
「いつ?」
「……さっき」
 口にしてみたら馬鹿馬鹿しくなって、リィンは小さく笑いながら目を開けた。
「少し考えれば解りそうなものなのにな。こんな雨の日に」
 今日が満月だということは知っていた。雨の予報を聞いて、少しばかり落胆したのも事実だ。だが、それだけだ。
「何で、月だなんて思ったんだろう」
 どうしても見たいと渇望していた訳でもない。だのに、停電の原因が雷であると指摘されるまで、リィンはあの時見えた光は月だと思っていた。あの時落ちた光は、月だったのだと信じて疑わなかった。
「なら、月でいんじゃねーの」
 それまで黙ってリィンの言葉に耳を傾けていたクロウが、不意に口を開いた。
「は?」
「月でいいじゃねぇか。そういうことにしとけって」
 そう言ってクロウは手を伸ばすと、リィンの髪を掻き混ぜた。だが、声音には何処か不穏な気配が漂っている。
 困惑するリィンに気が付いたのか、すぐに眉尻を少し下げてクロウが笑った。
「お前は我慢上手の良い子ちゃんだからな。傍から見てっと、まぁ、色々と……思うところがあんだよ。お兄さんにも」
 思うところがあっても、思うところの詳細を口にする気はないらしい。
 「何にも欲しがんねぇ奴は、何にも手に入んねーぞ」あまり見たことのない類いの笑みを浮かべたままクロウは言った。「だからちゃんと欲しがって見せろ、リィン」
 こうして時折真摯な眼差しを向けてくる二つ年上の男は、矢張り時折何かのついでのように難解な問いを投げてくる。今もそうだ。リィンには欲しいものなんて何もない。家族が居る。友人も、先輩も居る。これ以上望むべくもない程に学院に来てからのリィンの日々は輝いて充たされている。だのに、彼はこんなことを言う。
「そんなこと言われてもな……」
 途方に暮れながらリィンは髪を撫でるクロウの手を取った。節の目立つ大きいが白い手だ。銃を扱う人間にしては珍しいところの皮膚が固くなっている。それは、リィンの指の付け根にある胼胝に似ているような気がした。
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