忍者ブログ

覚書
03 2024/04 1 2 3 4 5 67 8 9 10 11 12 1314 15 16 17 18 19 2021 22 23 24 25 26 2728 29 30 05
RECENT ENTRY RECENT COMMENT
(01/20)
(01/12)
(08/26)
PJB
(08/26)
PJB
(07/03)
[06/30 海冥です…!!]

04.29.11:26

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

  • 04/29/11:26

07.01.02:09

Wanderer und sein Schaetten

ソレロン話(しかも古い)。
完結編~救済編の空白期間。

ネタバレあり、なのかなぁ?

 私が、最初に彼らを発見した。私は灰に抗体を持つ数少ない症例だった為、彼女を見舞うことを許されていた。だからいつものように、私は最近漸く見慣れてきた、「花」というものを両手いっぱいに抱えて、彼女の病室を訪ねて行った。そうすると彼女は決まって、柔らかな笑顔と眼差しとを向けた後に頭を撫でてくれる。
 窓の外には雨が降っている。正直、未だ見慣れない。空から水が降ってくるんて、世界は不思議だ。午後からはもっと強く降るという。そのくせ空は眩しいくらいに輝いているのは、まだ世界のシステム構築が安定していない為らしい。
 隔離セクションに入ると視界は白一色になった。窓一つない。だから彼女は、新しい世界を知らない。私は白い廊下を急いだ。研究者達は、私の抱える新世界の欠片を見ていい顔をしないだろう。
 音をたてて扉が開く。重なるようにして、防音のその部屋に隠っていたであろう悪夢のような騒音が、外に飛び出した。私は先ず、その音に驚いた。そして、目の前に広がる光景に言葉を失い、思考を手放した。悪夢はまるで突然の来訪者を気にした風でなく、変わらぬ騒音をたて続けている。引き千切ったものが、その勢いに任せて私の頬を掠めて脇の壁に叩きつけられた。頬を濡らした、部屋中に飛び散る液体と同じものは生命の欠片を感じさせないほどに冷たくて、けれどその冷たさに漸く私は麻痺した五感を徐々に取り戻していった。
 部屋の中一面、余すところなく飛び散った腐りかけの肉が散布され、辺りを漂う饐えた臭いに吐き気がこみ上げて来た。
 騒音は、実際大した音ではなかったのかも知れない。証拠に研究者達は誰一人この部屋に駆けつけないで居る。湿った音が耳の奥に届くのが嫌で、私は頭を抱えた。目を閉じた。しゃがんだ。花が落ちて、目を開けると赤く濡れて沈んだ。しゃがんでいるのも辛くて、結局その場に座り込んだ。最初に生身の足が濡れてから、すぐにスカート越しに冷たい床と液体の感触がした。
 いつから、彼がここに居るのかは判らない。判っているのは彼が姉を訪ねて来たのだということと、彼が訪れてから大分時間が経っていることだ。視覚と聴覚と嗅覚とが、異常な光景に支配されたまま、悲鳴を上げる機会を逃した。

 女が死んだ。私の姉だ。病に侵されていたが、優しい人だった。優しい人であったが、女神ではなかった。それを私は知っていて、彼は知らなかった。だから彼女は、病に死ねなかった。或いは、そうすることを彼女自身が選んだのかも知れない。私が時折、彼が魂の宿らぬ鉄屑だということを忘れてしまうように、造物主たる彼女でさえもまた彼が本当に人であるかのような錯覚に陥っていたのだろう。
 彼は人の愚かさを分析し、体現する完全なプログラムだった。その虚構に騙されていたのか、騙されることを望んでいたのかは私の知るところではないが、彼を見つめる彼女の眼差しは誰に向けるものよりも慈愛に満ちていた。そして彼の所作の全ては虚構だったとして、それが彼女の為に創り上げられ展開されている事象なのだという事実は、いっそ嫉ましい程に疑いようがない。
 ぶっ壊れたんだろうと兄は言った。破棄すべきだと老婆は言った。
 彼は、逃げた。死にたくない、そう意思表示をした。
 彼女のものだった椅子の上で、私は祈った。彼女の安息でなく、彼の安否でなく、自身の心の平穏を祈った。

 私の一番古い記憶は、酷く無機質だ。物心ついたときからそこに居て、「外」も知識の上でしか知らなかった。だが、そういった境遇の子供達は他に多く居たので、私はそれを特に疑問に思うことはなかった。私にとってそんな日常は酷く当たり前のことで、他に考える余地がなかったのだという言い方が一番正しい。そして、白く無機質な偏執の檻から解放されて、私は世界を知った――気でいた。
 結局、私の世界はまた小さく収束して閉じた。在る筈の器官を切除された生物が、まともに生きていける筈がない。それは精神論においても同じことだ。私は自身の欠如を自覚していた。かつて私を絡め取り離さずに居た悍ましい世界と同質である、呼吸をしない彼の身体に縋らなければ安らかな眠りを得ることすら出来ずにいる。人肌が柔らかく暖かなのを知識として知っていて、そこにとても佳いものを確かに求めているのに、手を伸ばすという行為には恐怖が伴う。
 あの日、私が見た全ては確かに人としても機械としても有り得ない狂気を孕んだ、明らかな非日常と世界の終わりだった。私はその時、彼を恐ろしいと思った。崩壊していく彼の欠片に縋りつく以外、それでも生きる術はなかったが、それでも確かに私は彼を恐ろしいと思った。それでも、私は彼に縋るしかない。

 窓に、乾いた血をこびり付かせたままの彼が姿を現した。私は祈るのをやめ、部屋に落ち込んだ影を見上げた。
 金色の双眸が細められ、擦り切れた外套が翻る。
 私は手を伸ばし、その端を掴んだ。


漂泊者とその影 Wanderer und sein Schaetten
20060529banana


 緩慢な動作で、男は私を招き寄せた。私はされるがままに身体を傾けて寄り添った。
「寒くないか?」
「そういうの、やめて」
 言っても、男は同じことを訊く。昨日も今日も、恐らく明日も同じことを訊く。
 大小二つの影が、小さな焔を囲んで寄り添っている。この男が他者の、生物の温かみなくしては平穏を得られずに居るのだということに気付いたのは、彼と旅をするようになってすぐのことだ。その皮肉を私は口にして笑った。冷たい金属の塊が、何を人間のフリをしているのだと笑った。彼は暖かいものに寄り添わなければ、すぐに冷えてしまうのだと言う。まだ人のフリを続けたいのだと言う。だから私に寄り添って、私を人だと言った。
 揺らめく焔に輪郭を浮彫りにされながら、私達は無言でいた。私が彼に連れられるようになって、一ヶ月が過ぎようとしていた。
「次の町に着いたら、食べるものを買え」
「要らない」
「食べないとお前達は死ぬだろう」男は言った。「お前達は、とても弱いから」
 男は自分で言った言葉に何を思ったのか、久しくやめていた人間のフリをして笑った。
「お金、もうそんなに無いもの」
 私は焔を見つめたまま言った。男の顔から笑みが退いて、また元の木偶に戻った。
「面倒だって思ってるのね……仕方無いわ、自分でも面倒臭いって思うもの」
 言うと、彼の身体が傾いた。寄り添う私のこめかみの辺りに、額を押し当てて来た。私は一度身体を離すと、彼の頬に触れそれから長い前髪を掬って横に流した。
「皆、貴方が狂ってしまったと言うわ」
「知ってる」
「壊れてしまったと言うの」
「解かってる」
 壊れてしまったのだと言われることを判っていて、自分でもその行為が愚かしいと解かっていて、それでも尚この男は象徴を破壊せずにはいられなかった。
「貴方は、人間のフリが本当に上手ね」
 男は少し躊躇いがちに手を伸ばすと、私が彼にしたのと同じに頬に触れ、髪を掬い、目尻に唇を寄せて来た。私は触れられたそこに指をあてがいながら、溜息をひとつ吐いた。男は不思議そうに私を見つめた。
「ずるいわ」
「……どう思う?」
 額に額を寄せて、彼が訊いた。
「何を?」
「姫も、俺が狂ったと思ってるのか?……この場合、演算回路が狂ったことになんのかなー……」
「それを言うのなら狂ってるのだとしても、昨日今日に始まったことではないんじゃないかしら」
「姫、俺嫌い?」
「少し」
 亡者の影に縋りながら、人肌が恋しくて私に面影を求めるような男は最低だと思う。でも私も人間のフリは嫌いでないから、彼の寂しさに付き合う。彼の身勝手で独善的な思い込みに苛立つより、そんな彼と同じレベルで物事を推し進める自分を自覚した方が傷付くからだ。
「貴方は多分、迷ってるんじゃないかしら……と、私は思う」
 くべた薪が音をたてて爆ぜた。夜の風に揺られて、焔が明滅を繰り返す。
「貴方は、自ら思考する生物と、意思を持たない消耗品の狭間で彷徨っているのだわ。自身の矛盾に苦しんでいる」
「紗も似たようなことを言っていた」
 彼女はこの男の性を理解していた。だからこそ的確な指摘も可能だったのだろう。だが私がこの男を真の意味で理解することはない。私はただ、自分自身の迷いを彼のものであるかのように突き付けただけだ。そして彼はその言葉に同意した。
「……だったらこれはどう?問題はそれ以前なのよ」彼はほんの少しだけ額を離して、私達の間に溝が出来た。「だってそうでしょう?貴方には最初から方角システムという人為的パラメータが備わっていて、それ以前の無垢なる状態を知らないのだわ」
 彼には選択するという行為こそ許されなかったが、高度な演算回路という形で、人が認識するそれとよく似た方角システムが予め備わっていた。だからこそ人であれば本能的に理解しているパラドックスに明確な区分を得ようとパニックを起こしているのだろう。絶対の寄る辺の存在が揺らいだ時点で、彼はその事実に耐え切れず、また耐え切れない自分自身に何一つ答えを出せず崩壊した。
「『迷人は方に依るが故に迷うも、若し方より離るるときは、則ち迷うこともあること無き』……か」
「こういうのは?『矛盾律を否定することこそ、より高次の論理学の最高の課題だろう』……ノヴァーリス!」
「論理学とやらを極めるつもりはねぇーや」
 男は身体を離し、手近な木の枝を拾って焔の中に投げ入れた。論理より、言葉に出来ない人の心というものの方が厄介だと男は笑う。私は同意も否定もせず、笑顔を作って男に向けた。
「半円に内接する三角形の頂角が直角であることを納得したり、そこに内包された矛盾には気付かずに許容出来るのに?」
「俺は献上出来るような雄牛の持ち合わせがない」
「感動がないだけでしょう」
「矛盾に納得が得られないなら、感動もクソもあるか」
 目の前には焔が揺れている。その矛盾にすら、彼は気付かないでいるのだろう。その矛盾に、彼が気付き許容出来る日が来るとしたのなら或いは、その時にこそ木偶は肺呼吸に至るのではないだろうかと、私は考える。
「それより冷えた。暖めてくれ」
 焔が定常光圏を維持する為、繰り返されるエントロピーと、そのエントロピーに逆らうネグ・エントロピーとの同時進行現象、そして彼が人肌を求めるその行為との間に、そう違いがあるとは思わない。反対の一致構造として、人は常に生きている。彼はそれに名前を付けて、その上で理解と納得を欲しがっている。そうすることに因って自身の回路に組み込み、安心感を得たいのだ。象徴を破壊した時点で、彼の中には嫌が応にも人の性のようなものが埋め付けられてしまっているというのに、そこに明確な断定を求めるから人にも成れず、鉄の塊にも戻れずに居る。
 そして、私にはまだ解からずにいる。彼の中には確かに根付いている、どうしようもない人の性というものを理解できずに居る。
「俺、紗に言ってないことがあるんだ」
 男は私を抱きしめる。肩口に顔を埋めているので、声は少しくぐもっている。
「愛の告白?」
「それはもう言った」
 私が名を知り存在を持ち得ない性、彼が名を知らず存在だけが先行する性、それらは共通した、ある一人の女が中核を成している。彼女という聖域を接点に、私と彼という存在も二つの形態(モルフォス・デュオ)として確執と矛盾を生じさせている。私にしてみれば、随分と幸運な事実だ。


 目を閉じて、思考が拡散するのを認識しながら、一瞬の暗闇が広がった後に広がる光景にいつも眩暈がする。白い部屋に拡散した赤の群れが目に痛い。鮮血と腐敗という、ここにも同時進行現象を見つけて私は笑う。そこには私と彼しか居ない。白い世界を彩る赤い色は、彼の狂気に対する彼女の祝福のようだと私は思う。それらは見る限り、尽くが彼女の欠片であるからだ。
 彼は、姉を引き裂いた。壊れかけていたものに自らの手で終止符を打ったのか、既に壊れた聖域の名残に絶望したのか、それは矢張り私の知るところではない。

 夜が明ければ、私はまたいつもの自嘲めいた笑みを浮かべる。窓の外に陽の光を求め、まだ陽が昇る前なら地平が明るくなるのを待つ。待つのは苦痛ではなかった。深く落ちかかった暗影も、太陽が覗けば明るく照らされることを知っているからだ。
 彼は居ない。それでも陽の光が差し込み、暗影は浮彫りにやがて世界は調和する、彼以外の全てが眼前に広がっている事実を確認出来れば、私は安堵した。


 それでも毎夜、私は思い出す。無骨な装甲のことや、触れる指先とを隔てる人工の皮膚を思い出す。私の無意識下の認識が暖めた彼の温もりと、それに安堵した表情を思い出す。

 彼は何処に居るのだろうかと、私は考える。
 探せば良いよ、と得心すら超越して微笑みながら少年が言う。貴方がそう言うのならそうしてみますと私は答える。


 私は知っている。私は間に合わなかった。あの部屋が血塗れてしまう、その前に辿り着く事が出来なかった。私の望みは叶わない。永遠に届かない。間に合わない。
 だから、今度こそ間に合わなくてはいけない。平穏を祈るには、まだ少し足りない。
 彼女には少し足りず、届かず、叶わず、間に合わなかった。私には出来なかった。
 彼を探す。彼を壊す。彼を殺す。

 あと少しだけ、足りない。







正確にはソレイユ→ロンブル話。

PR
URL
FONT COLOR
COMMENT
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
PASS

TRACK BACK

トラックバックURLはこちら