04.28.22:17
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09.29.12:22
Love Robs without Hesitation Ⅱ
だから時折、どうしようもなく、生きることに飽いてしまう。
愛は惜しみなく奪う 2
好んで自分を貶める、自嘲の癖は治らず、軋むのは、いつでもその内側だった。
アギ、呼ばれて俺は振り向いた。アギというのは、「俺」の本当の名前だが今は居ない人間の名前でもあった。だから主に本部以外、地方の支部に応援に行くときなどに、好んで使っている。覚え易くて、しかも個性がなくて良い。
「今、良いか」
優男風の面を値踏みするかのように見上げ、俺は少し考えるフリをした。金に困っている素振りもないのに即答などしても、ただ怪しまれるだけだからだ。
相手もその点は心得ているようで、ゆっくり、重たそうな皮袋を上げて見せる。薄暗い店内の明かりに照らされ、袋は濡れてでもいるかのような黒い影を俺の顔に投げ掛けた。
数秒待ち、周囲の興味がそれたのを確認してから頷いた。男は俺の飲み代分の銀貨をテーブルに放り、二階、使わせてもらうぜと、店主に言葉を投げ掛けると、擦り切れた赤絨毯を踏み締めながら、階段を先に上り始めた。
俺も、ゆっくりと後に続いた。
「この仕事は、お前に是非やってもらいたい」
男の持って来た仕事は、単純な破壊工作だった。雇い主の名前は出さず、前金と成功報酬だけの短期の仕事。成功しても失敗しても損はない。目標は無作為に選ばれた武器工房幾つか。いずれも公営のものばかり。
「……で、依頼主は誰なんだ」
とりあえず、何も知らないフリをして俺は訊いてみる。多分この男はただの下っ端連絡員だろうが、それならそれで、馬鹿だと思わせておいた方が色々とやり易い。
「上からの命令でな、知らせないことになってるんだ。悪いな」
ささくれ立ったテーブルの上に金貨の山を作りながら、男は肩を竦めた。
「出所が知れない仕事は、高いけど?」
出所。
何となく見当はついてはいるが、とりあえず言う。
承知の上での依頼だと、積み上げた金貨を両手で示しながら男は答えた。
「これが前金。一つ成功する度に、同じだけの報酬を出す」
俺は口笛を吹いた。随分と景気の良い話だ。もし報酬を全額受け取ることが出来れば、また暫らくは教会の方の経営が楽になる。悪くない話だ。
「悪くないな」
ニヤリと俺は笑った。悪くない。悪くない、偶然だ。
この仕事で二万。カシュトカデシュのところで一万。合わせて三万。それだけあれば、教会も二ヶ月は安泰だ。それに、一生に一度くらいは、蝙蝠をやってみるのも悪くない。
よろしく頼むと言いながら、右手を差し出す。男も微笑むと右手を差し出す。握手の為ではなく。
受け取らされた数枚の金貨と男の顔を、交互に眺める。無機質な予感が、男の腕を近付けて来た。
「足りないか?」
予感は正しかった。俺は補足される。
「何に」
考えていることと違ったら嫌だな、思いながら一応訊く。
「ここは、そういう場所だろ?」
息を少しずつ荒くしながら、男は確信犯的に問うた。そういやそうだったな、天井の染みを見ながら俺は答えた。
■
「何が面白いんだ。どうかしたのか」
ゆらゆらと揺れる橙灯の明かりを見ていたら、カシュトカデシュにそう訊かれた。不安定な光を反射して揺らめく金髪は、橙灯よりも目映い。シーツの上を這うそれは、まるで金の炎のようだった。
「どうもしない。仕事のこと、考えてた」
炎を避けて寝返りを打つと、俺はブランケットを口許まで引き上げた。と、背後から腕が伸びてきて、髪に触る。今、俺の前髪を弄るのは、爪にインクの染みの付いている長い指だ。優しく髪をまぜるその感覚に目を細めながら、金貨を積んで見せた。昨日の荒々しい指のことを思った。
昨日の今日で俺もよくやるよ、そう、自嘲的に。
罪悪感など、感じるわけでもないのに思った。
「頼むぞ。予告爆破などという性質の悪いものを、まんまと成功させては面目がたたん」
「お前の面目なんか知るか」
口を尖らせると指を振り払った。いつもの調子で。
「知ろうが知るまいが、とにかく報酬分の仕事はしてもらうぞ」
カシュトカデシュもいつもの調子で言う。はいはい、と俺は頷いた。本当に分かっているのかと、後ろからカシュトカデシュは小突いてくる。分かってるよと振り向くと、こちらを向いていた肩を押してベッドに押し倒し、這うようにして上に乗った。
「何なら今、全額分しても良いんだぜ?」
囁きながら、手を下腹部の方に彷徨わせる。俺も役者だ。鉄面皮の領主様と、どちらが上手か試すのも悪くない。
「出来るものなら」
カシュトカデシュは薄く笑った。
こいつにも金で買われてるようなもんだな、思いながら乗った。
それでも、悪くない。軋むのはいつも内側だけれども。
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