04.29.00:01
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07.09.14:41
AL-LA(女神編)
女神編終了後の某の末路がネタバレっております。
あ、氷面鏡ではないから安心して(ぇえ)☆
こんなところで 手ぶらでいるなんて
まともじゃありませんね
ああ
通りすがりのあの人の首をもいで
ぶら下げていく自分が見えるのです
(私の唇が震えて こんなふうに意味を成さない音を紡ぎます)
「助ケテ 下サイ」
AL-LA
全て、或いは神名を冠する存在と その否定
ほら
見てご覧
女の腐肉で造った子供が羽化するよ
顔の半分から肉と骨とを覗かせたままに
されこうべの中に在るものが邪魔なのだと嘲笑うのです
全くもって鈴のような音
瞼の裏でまで
銀の子供が嘲笑うのです
■
今朝方訪れたときには、確かにもう少しマシな有様であったことは記憶している。諦念を込めて、私はそっとため息をついた。
乱れた部屋の中で、その男だけが全てを超越し、静謐を湛えて鎮座していた。白い、王だ。人工物めいた、陽の光を知らない白い肌、澱んだような青色を幽かに上乗せした銀の髪、それらが――彼の至るところに飛び散った血を、余計に鮮やかに見せていた。
「躾がなってないったら」
朝までは確かに清潔であった筈の、彼にあてがわれた寝台の上で王は肩を竦めてみせる。
壊れた女の頭が一つ、ごろんと足元に転がっていることに気付くと、私は彼への言葉を返すことはせず、それを拾い上げた。見覚えのある顔に、薄く笑みがこぼれた。
「ワザと寄越したろう?」
「デモンストレーションだよ。貴方も退屈かと思って」
ため息混じりに出た声と同時に、持っていた女の頭を脇へと放り投げる。
王は何も言わない。ただ声をたてて、屈託なく笑っている。
距離を詰め、女の血でべっとりと汚れた手を王の髪に差し込んで鷲掴みにすると、赤色が流れに乗って落ちた。引き寄せ、耳元で囁く。
「玩具は大切にするよう言ったのに……お前はまるで扱いを知らず、すぐに壊してしまう」
言い終えると、王の頭を解放する。彼はそのまま仰向けに、寝台へと身を沈めた。その赤と白の軌跡を追うようにして、私も寝台へ腰掛けると、脇に両手をついて彼の顔を覗き込む。
厚手の綾織りから覗く首筋は、はっと息を飲むほどに白く美しく完璧なのだが、その完璧さがかえって彼が人ではないものであるということを証明しているようで、こんな姿勢であるにも関わらず性欲らしいものは沸き立たない。
「何が楽しい?」
問うと、王は嘲笑った。
「別に?退屈なだけだよ」
「……なら、もう少し大切に扱うことだ。お前の退屈しのぎに付き合えるほど、暇じゃない」
「よく言う。それなら様子見など他の者に任せてしまえ」
喉の奥からくつくつと響く声と、そこに乗せられた悪態。
私は改めて部屋を見渡しながら溜息を吐いた。
眩暈を誘う甘い香り。
床に転がされた遺骸が、この所為で余計に陳腐に見える、と毎度同じことにうんざりする。
だから好ましくない、というものでもない。ただ血臭でも立ち込めている方が、まだしも趣味が良いのではと思うだけで。
それは、出来の悪いイミテーションの宝石に通ずるものがある。嫌悪とはまた次元を異にした、安直な破壊衝動を呼び起こすような、そんな光景だ。
尤も、この部屋の主がこの香を愛用しているのは、単に自分がこれを好かないのを知ってのことなのだと、気付いたのはそう最近のことではない。
彼の、こんな子供じみた趣向の嫌がらせに手間を掛けている姿は、有事に戦略を練っている様と大差なく――楽しげだ。
当然だろう。彼にしてみれば、動機は同じなのだから。
王の微笑が、私の思考を遮る。
■
「ねぇ、似合うでしょう?この口紅」
それはとてもとても濃い紅だったのだが、不思議なことに、女にひどく似合うのだ。
触れれば掻き消えそうな清楚な姿に
どうしてこんな色が毒々しく映らないのかと、素直に簡単しながら
思い出せないほど昔に聞いた童話の一節が、脳裏を掠める。
(――王妃は指を突いて、雪に血を)
「化粧品の研究でもやってくれたなら良かったのに。……水商売かも知れないけど、知らないところで人を病ませたり、殺したりはしないんだわ」
(私の被造物が幾ら人を裂いたって)
「……そうすれば私が一緒に、夢を見てあげられたのよ?」
(私を傷付けるのは、もう無理だよ)
「何の害意もなく、蜥蜴の手足をもぎ取るように」
(遠くへ行ってしまえないよう、しっかり私の指を握っていておくれ)
「貴方は人を殺すのね」
(ねぇ、お前以外の者は、皆同じ姿をしているよ?)
私が後に押していた会議から戻った後も、彼はまだ寝台で潰れたままだった。
常に何かしらを口にしていなければならない性分である彼のことだ、「おやつの時間」と称して腹を満たしに行くとばかり思っていたら、今は惰眠を貪る方が優先事項ならしい。
寝台に腰掛けると、気だるげにシーツに伏せながら、視線だけをこちらへ向けてくる。
「一日中ゴロゴロしているだけのような気がするのだけどね」
「今度、試しに交代してやろうか?」
ただでさえたまの訪問者は、頭も身体も同時に引っ掻き回すから、と口だけを動かす。
ほぼお決まりに近い会話。面倒だから「それなら暇だなどと騒ぎ立てるな」と切り返すのは省略した。
――違ったのはその後。
「『そんなに文句をつけるなら、たびたび有意義な時間を求めるな』、という顔?」
彼が、それこそたびたび、確認をとるような台詞を口にするのは本当に珍しいことで――確かにある種の無駄を好む性癖こそ持ち合わせてはいるが、この類の徒に詭弁を弄する堂々巡りは、彼の趣味に適合しないらしい――もしかしたら、多少驚いたような色が「私」の表情にも出たかも知れない。
「……まぁ、欲しいのは……暇を潰す時間だけではないだろう。性感帯の刺激然り。それなら、頭を弄るだけでも別に構わないし」
その反応が気に入ったのか、面白がるような表情で自身を現す言葉を探す。
「雑多な情報が同時に侵入してくるのは、悪趣味に生々しくて結構好きかな」
クリアな快感だけというよりは気が利いてる。そんな風に付け足して。
「……境界が皮膚でなくなる、というのは、」
「?」
「どうなんだろうな?人は、刺されたところで痛いだけだろうし。変に丈夫かと思えばすぐ死ぬし」
「……何の話だ?」
「吸収することも混ざることも出来ないものが内在するというのは、思いの外特殊な感覚だということだよ。俺みたいなタイプには、それ自体が意味を持つくらいに」
今度試しに押し倒してやろうか?一番手っ取り早い方法だぞ、からかう口調は、終ぞ例を見ないほどの機嫌の良さを見え隠れさせた。
「臓腑の中でも、思考の内側でも、肉と骨の間でも」
単純に楽しそうだというのとは異なる。どうせなら、恍惚的と表した方がより近い。――だがそれを、昏い眼の奥に沈んだ冷静さが奇妙に裏切る。
その情景に、
瞬間、躊躇した原因を、俄かには身の内に発見出来なかった。
これに拘わらねばならない理由が「私」のものではないからだ。と思い当たるより先に、自身以外の者の恐怖に襲われ掛かる。
(彼の、この、表情は)
心音以上に心音らしい音が、どくん、と動脈を震わせる。中身が外へ押し出されるイメージに、思わず、自身の端を確かめていた。
咄嗟に、口元の皮膚で、己が指の感触を
アポトーシスによって五又に分かれたパーツは、こんな時に触れると、それぞれ独立した生き物のように思えて。
願いとは裏腹に、自分の輪郭をあやふやにした。
表に出たのは、その仕種だけだったように思う。
「無表情」の質が異なったろう、というのは別として。
――続けられる彼の言葉は、しかし幾分も私の世にも珍しい変調を気に掛けた様子を見せない。興味がないというより、狙っていたのだともとれる、態度で。
あくまで自分の言いたいことのみを、一見脈絡もなく続ける。
「ゆめ、くらいは見たことはないのか?人間クズレ。……生き物が感覚のない苦楽を夢見る、というものがどういうものなのか、是非とも御講釈願いたいんだがね」
わらう。――「私」の知らない彼が、かつてこんな笑みを浮かべていたことがあっただろうかと考えるが、どうしても思い出せない。
(有史以前の記憶だ。不変のものなど何処にも?)
問う声は、
(この身の内から響いてくる?)
――馬鹿馬鹿しい感傷だ。
「殺される夢、見たことないのか?」
求められるのは、臓腑を絞る負の感情のみで構成される苦痛の叙述。探るともなしに浮上する記憶は、心の臓の肉に噛まれて体温を奪っていく金属――肉の間で存在を主張する異物の。
――いや、正確には、これは「私」の記憶でも「支配者」の記憶でもない。「似姿」に。あの黒い羊に、今は存在しない記憶。「支配者」がつくりだした、死にゆく者の夢。
(肉の痛みを含む余地を持たない故に、『彼』を哀れませ続けた)
問いは、繰り返された。手を変え、品を変え――しかし尋ねたいことはたった一つだ。
「なら」
くすくすと私の喉元を指差して、
「肉の間を刃が滑るのは、どんな感じ?」
銀髪を揺らして上体だけを起こし、頚動脈に被った皮膚に犬歯をたてる。
後頭部に添えた私の手が脳を破壊する方が速いので、突き破る程ではなく。
そうして浮かべるのは、それが心底残念なのだと、隠そうともせず如実に語る表情。
会話の内容は、結局は共に被造物である双方にとって、あまり歓迎すべきでない。「私」を淵へ追い詰めることが叶うとすれば、それは王自身が足を踏み外す時。
なのに、退く姿勢を微塵も見せないこの態度は、
(……悪乗り、しているな)
超越者にしてみれば(ある意味で享楽的な彼の価値観に照らし合わせてみれば)それなりに無形の収穫のある会話なのだろうか。
だが――もう切り上げても良い頃合だ。
「……ペインエディットして、自分で試してみては?」
答えにすらなっていない、単なる切っ掛けにしてもあまりにお粗末な代物。それでも、不本意なことに助け舟に近い形だったから、「私」としてはこれ以上の譲歩を試みるつもりはない。
差し出されたそれに乗ったものかどうかと――一呼吸の間があった後。
「――……そうなれば、てっとり早くまた一つの終わりが訪れるワケだ。……それはそれは、ご愁傷様」
まあ、こんなもんかな、という調子をにじませて、同レベルの台詞で返す。
狩りに出掛ける動物にも似た伸びを一つして、やっとまともに身体を起こした。
■
悪戯に嘆くのはお止めなさい
ただれた大地に捕まってしまうじゃないか
ほら、人工蛋白の人形が
血みどろになって、私達を救ってくれるから――
誰かがもげた手足を抱えて悶絶しても
何処かで地に膝をつく貴方が全く絶望した眼のまま狂うても
たった一人以外の近しい者が血を吐くまで慟哭しても
私は例えようもなく幸せなままでした
愚かしい人にとって遠くの痛みは、氷のように麻痺したものですが
中でも私の感覚には、幼い頃からずうっと、薄いヴェールが掛かっているようなのです
(命より何より、大切なものを手に入れるという予感は)
絶対的に幸福だということは、つまりそれ以外の何ものでもないほどに独立的で
「 、 、戦争が酷くなるの。見たこともない空が、焼け焦げた死でいっぱいになるのよ?」
■
「メシアーハ配下の魔法師団は全滅。その時採れたデータは以下の通り、だ」
不十分な点は?というような確認が追いかけないところが、いかにも彼らしい。
この情けない報告も、私の眉を顰めさせるには到らなかったし、語る王の声に何らかの影響――例えば憤り――を与えることも出来なかった。
「……ばらばらに襲撃したのか」
「聖王が帰還していることは、伝えておいたんだがな」
体よく実験台になってくれた訳だ、と肩を竦めるその態度より、彼が何故だか先程から腕に抱えているものの方が気に掛かる。
「何だ、それは」
「見て分からないか?鳥だ」
一目瞭然、分かり過ぎるほどに分かるからこそ、訊きたいのだが。
「ああ、種類は七面鳥。そこら辺に落ちていたから拾ってみた」
明らかにからかっていると知れるより尚性質の悪い、半ばまでは意識的にボケてみせる声音。
恐らく何処かから逃げ出してきたものなのだろう。
この街でそういう生き物が居そうなのは城下の市くらいか?――このくらいの気紛れに、今更驚いたりはしない。精々呆れるくらいだ。
腕の中の鳥は大人しく丸まったまま動かない。眠っているのか、それとも死んでいるのか。
「ん?……一応、まだ生きているよ。啼いたから軽く『眠らせて』あるだけで」
こちらの疑問の気配を感じとったらしく、相応しい答えが素直に返される。
――しかし、続けられた言葉は、予想外の奇妙な方向から飛び込んできた。
「これを記念日に食う土地があったかな?……ふむ、美味いのか」
軽く首を傾げて
「いつのことだった?」
「今から丁度半年後」
「それはそれで切りが良いような気も、しなくはないがなー」
こういう時の彼の常で、続く言葉はいつも唐突だった。
「食うか?このまま」
一瞬、完璧に無反応だったのは、無視しようとしたわけではなく、単に、とるべき行動が思いつかなかったからだ。
「道具を与えてやれば、どんな者にでもそれなりに『きれいに』殺せるだろう?……だったら、素手でないと意味がない」
首絞めて目玉抉って噛み裂いて――謳うように言葉を紡ぐ。
「殊、人殺しに関してなら、最も似合いの醜悪さだと思うんだが。……特に、ヒト型にやらせればな」
美人がやるなら尚更良いだろう?と付け足す声は、彼の為人さえ知らなければ無邪気とさえとれるもの。
「武具なぞなくてもお前の歌は全てを薙ぎ払うし……俺の放棄に到っては事象は存在の維持すら適わない」
似合いのやり方だとも言えるが、考え方次第ではあんまりな話かもな?などと、前半はともかく後半に到っては心にもない発言だったということを隠そうともしない。
(『あんまりな話』、ね)
で、食ってみないか?と無造作且つ上機嫌に首を掴んで差し出された鳥の、死体の如く弛緩した姿を無気力に見遣って、
「遠慮する」
「ま、だろうな」
特にがっかりした風でもなく、握っている手に僅かに力を込める。
固いものが折れる鈍い音と共に、手の内の鳥は異様な角度に首を曲げた。
「このくらいかな。対象がこれなら」
掴んだ羽毛の塊を抱き直す。その感触が気に入ったらしく、目を細めた。
「……これが何だと?」
「ただの実験だよ。他意はない」
適当ともはぐらかしているとも取れる返答。
――本来は、それで済ませようと思っていたのだろう、という気がする。
「ヒト型は何処の出でも、ことある毎に口を覆い隠すんだろう?……芸のない表現だが……原罪、だとか大仰に評したやつも居たかな」
発する声は、人の悪そうな口調をそのままに、微妙に捉えどころをなくしている。当人もそれに気付いたのか、浮かんだ笑みは苦笑に近い。
嘲笑う、とは分類出来ない笑顔。
己を対象物として捉えている、超越者ではない誰かの顔。
それは瞬きをするより短い、刹那。
舞台裏の笑み、と言っても良いかも知れない。在ることと演ずることが同義の生き物に、適切な表現かどうかは確証がないが。彼らしくもない、相手に促されたわけでもない失態。
実は相当不本意だったのか、先の簡単に見える強引な話題の転換が計られる。
「――……この成りで、勇猛な鳥だそうだ。親鳥が子供を守る姿なんて、有名だろう?」
彼の好みとは懸け離れた直接的な表現で、思わぬ脱線なのだろうということは苦もなく知れた。
皆まで言われずとも、何を揶揄しているのかくらいは思い当たる。
だからといって愉快な話というわけではないし、見当違いの喩だとも思うのだが。
それでも、いつものように、まるきり予想していない方向から振られるよりは随分マシだ。
七面鳥は子供を鳴き声で認識します
彼らの攻撃対象は、巣の一定範囲内に近付いた、その声を発しないもの全て
だから――
続けるか続けないかは微妙なところ。
意図が伝わっていることに関しては、微塵の疑いも抱いていないので――後は彼の気分の問題だ。
途切れた会話が、沈黙と定義されるものを示す前に、覚えのある空気が超越者の感覚を刺激した。
やっとか、と頷いて。結局、抱えていた鳥は肩越しに窓の外へ投げ捨てる。
服に付着した羽毛に眉を顰めて、はたき落としにかかりながら、
「……城門手前の平野で交戦開始――さて、俺に仕事が回ってくるかな?」
「回ってくると、確信しているように見えるがな」
口の端で笑って消えた姿は、黒い羽根の残像を一枚残した。
耳を塞がれた七面鳥は
我が子をつつき殺してしまうのです
■
(無限光は常に有と無を同居させ、回転し続ける)
プラスとマイナス、終いは脳内パルスに行きつく迷路のスタート
(分裂した叡智は、変化そのものが安定を意味することを示すが故に、その自己を反映し――理解は無我を反映する)
何を考えている?――これは「生命の木」の解釈だ。数限りなくある中でも、尤も徒に神秘趣味な。
戯言と真実の間の、幾許かの差異を詭弁で埋め立てるものだと、彼の王に皮肉られた。仮想の系を一つの力とする、「魔術」。
凍えるほどに不安で、こんなものにまで手を出したのだ――「救世主」は。
(流出の、第一階層。その第三界、理解に坐する民を『NEMO』と)
『誰でもない者』と
(それは、誰のことだ?)
(メシアーハは、もう少しもつと思ったのだがな)
侵入者は既に王が鎮座する階に上がった後。
再生不可能なまでに破壊し尽くされた人体を視て、この前人体に再生処理をしたのはいつだったかと、しばし考え込む。少なくとも、「私」にはその記憶はなかった。
(一応再生設備は整えてあったのに、なんだ、結局使わなかったのか)
ぼやきながら、「視界」を現在の戦場へ移す。王の居る場所をイメージするよりも、今となっては彼自身を探す方が早い、というのもなかなか寒い話だ。
実に効率良く手駒を失いつつ、敵の戦力を削るように立てられた作戦。
(それが、どうした?)
口を挟むつもりはないし、その必要もない。
(あれが何を望もうと、もう興味はない)
支配せよ、と脳髄の奥が叫ぶ声は、死ぬまで彼にこびり付いたまま。NEMOで「あるように」造られたにも関わらず、彼はNEMOを演じている。
(だからこそ、『救世主』は狂うほどに怯え続けた)
植付けられた本能に身を焼き、世界を盤上に例え、今その秘密を共有する唯一の同胞すら屠ろうとしている王。昏い逆翼を背に嘲笑う姿は、誰が見てもそれそのもので。
「天国はすごくいいところらしいよ。何せ、行った人が誰一人帰ってこないだろう?」
ふざけるような状況か、と非難したくなるほどに芝居がかった台詞。それを人形じみた完璧な容姿で、非の打ちどころなく謳い上げて見せるのだ。
呆れるように、感心するように、ぼうっとその光景を眺めていて、不意に、気が付く。
何がどう転んだとしても、この階に上がってきた、それは自身の敵。その当たり前の事実さえ、分かっていれば良いのだ、と。
そんなことは端から自明の理ではないか――脳の一部に霞が掛かったよう。
――そうだ、こんなことをする必要はなかったのだ。
(私は、何をして)
ラインを切れ、と思考が焼ききれそうなほどに警鐘を鳴らす何か。
『お前は先天的に罠に掛かっていたんだよ』
(これ以上、見ていては、いけない?)
彼は、こちらを、振り向いた。
気付く筈はない。いくら彼でも、屠る者のアクセスを察知出来る能力は備わってはいない。
幽かに歪んだ口元。人の子に見せる嘲笑とも哄笑とも異なる。殻を本質とするが故に、空虚な、死を得た人形のわらい。
そうして、NEMOは「指で口元を押さえる」
吐き気が、した。
お前に本当に良く似合う紅だったのに
どうしたことだろうね、なくしてしまったよ
ああ、綺麗な顔だ
指先を噛み千切って、死に化粧をしてあげようね?
■
記憶の奥深くに沈めた、情景を掌の内に形作る。
自分の望み一つで崩れ去るそれをぼんやりと眺めて。
「……お前が何であろうと、もう構わないんだよ」
思い出した。否、最初から覚えてはいた。だがそれを否定し続けた。自分で相応しくあるよう作り上げたのだから、それで正解なのに。
「……何であろうと」
思考の欠片だろうと、継ぎ接ぎだらけの偶像だろうと、記憶された都合の良い幻影だろうと。
もう他に、言うべき言葉も見つからなくて、それきり口を閉じる。
――そうして、満たされる筈だった静寂は、しかし、覚えのある感覚に塗り潰された。
それを血臭だと判断しかけたのは、多分彼が既に損なわれたというデータの為。
安心感といわれる感傷は何処にもなく、ただ閉め切った自室の空気に溶けかけた思考の澱みを思わせる、馴染んだ倦怠。
これは、声。
『結局その女に殺されかかったって?流石欠陥品ですね』
一瞬見開かれた眼は、しかし像を映すことなく伏せられる。
――本当によくわらうな、お前は。
『それの自殺願望を恐れて枷を付けたのだろうに?何を今更、ヒステリーを起こしているんだか』
ひどく彼らしい物言いだと思う。
他者の目的の為に作られ、主を欠陥品と断ずる為に存在し、最後まで完璧に演じきって を手に入れた。
生まれながらの支配者にして、敗者。
支配性も隷属性もその内にするが故に、自身の絶対の主であり得た存在。
何より享楽的に美しい、誰より静謐に、絶望した、生物。
『さあ、死を奪われたのは誰だ?』
『女か?気狂いか?天の名を冠した人造物か?それとも』
『お前自身か?』
――皮膚から薄皮一枚隔てた距離の空気に、冷たい体温
これさえも、もはや、何て身勝手なうたたか
(もう耳を塞いではいられないので、その唇を)
「これで終わるさ」
(芸のないさいごだと、少しばかり残念に思いながら塞ぎましょう)
■
(遅いな)
三人掛かりで切りかかってくるのをあしらいながら、取り敢えず攻撃が当たらないことには始まらないだろうに、と呑気な思考が無意識の端に浮かぶ。
(まあ、私の生き死にがどうなろうが、結果は変わらない、か)
それを必死で斬りかかってくるのも、ご苦労なことだと思いつつ、纏めて吹き飛ばそうと片手を掲げる。すると、
「……?」
軽い衝撃。雷系の最下位呪紋だ。ダメージこそないが、一瞬集中が途切れる。
(……ああ、足止め目的の小技か……賢明だな)
衝撃波では後方まで届かない。――ならば、このフロア一帯薙ぎ払えば済むだけのこと。
この隙を狙って、敵が間合いを詰めるのを感じるが、
(……遅過ぎる)
無視して、
破滅のうたを、
「聖なる音……」
この背に舞い降りる聖霊はもういない
(――……!?)
なのに、羽音に耳を、塞がれて
(くろい、はね?)
瞬間、世界が止まった
(喉に、長い指がのばされる)
間近に剣圧が迫っている 反射的に飛び退こうとした脇から
刀が食い込む 頚動脈か?喉を血がせり上がる 呼吸に、支障が
無理やり飲み下し、腕を振り上げて 衝撃波 全員吹き飛ばすことは叶わない
がら空きの首の皮膚 刃は容易くそれを裂く 記憶のままに、肉の間にもぐり込み
生きている限り凍える筈のない場所に、焼け付く冷気 引き抜かれると同時に
それは熱へと変わる 流出する体温に深部が焦げつく
返り血で真っ赤な少年の 狂気のように真摯な視線と接触したような、気が
瞬間、ダークアウト
頬に床がぶつかる感触に、一瞬鮮明になる、意識
『指先を噛み千切って、死に化粧をしてあげようね?』
私に取り付かれた哀れな王が嘲笑うのです
首を抱えてもうお行きなさい
「お前たちには分かるまい……」
自分の唇が今際の際の言葉を綴るのを他人事のように認識しながら、余裕があったら苦笑でもするところだと
馬鹿げていますね。だって「私は何ものでもあり得なかった」
神様の真似をして、これで存在ですらいられないだろうと、とても楽しみに
ああ、残念ですね
もう何も見えないけれど、多分私は丁度、私に憑かれた(私に憑いた)王のような顔をして、我らはその為だけに作られたのだと、苦しげに告げているのでしょう。
誰でもない私は、今喩えようもなく平穏なのです。
なくした器官が、魂の裏側に翼が舞い降りるのを感じとる。
それを純粋に嬉しいと感じながら、
ああ、なんて、
両の耳を削ぎ落としたみたいに――静か。
凄い人がつまらない死に方をすれば良い、それが「ESCHATOLOGY」クォリティ☆
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