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  • 04/29/03:54

08.18.07:35

Eine Geschichte(サンホラ題)

と、いうワケで第一弾。
全部出来たら纏めたい(笑)。




 何年経っても変わらない風景がある。記憶の中に強く淡く、鮮烈に曖昧に、真っ白な闇が揺れている。

物語 Eine Geschichte
20070818banana


 地を舐める炎は燃え上がり、夜空は赤黒く染まっている。天と地との狭間に普く罹災者は苦悶の声を上げることでしか自己を主張する術を持てない。髪の毛が焼け焦げる臭いと、その更に密度の濃い蛋白質が溶ける臭い。逆立った産毛が熱を持ち、汗ばんだ肌をちりちりと焼く。暑さと息苦しさに大きく息を吸い込もうとして咳き込んだ。肺を満たす熱い空気にむせる。開いた傍から、口の中の唾液はあっという間に乾いていく。舌先が口内に張りついて痛い。喉が乾いた。熱に浮かされて、全ての世界が酷く遠いのに後頭部の鈍痛が煩わしく気になって仕方がない。
 災いだ、と潰れた喉で誰かが叫んだ。天罰だ、と破れた声帯を誰かが震わせた。
 逆巻く炎に溶けるようだ、子供は思う。輪郭は曖昧に、天と地との狭間に普く全てとに、絶望という名で一緒くたにされていくような錯覚だ。そう、錯覚だ。錯覚であらねばならない。
 子供は、歯を食い縛る。笑う膝を叱咤する。足の裏を焼く、熱持つ大地に唾を吐く。
 遠くの誰かが災いを嘆いても、死にゆく誰かが天罰を嘆いても、そんなことは関係がない。今、力ない子供が置かれている現実は或いは確かに、人智を超えた何らかの力の作用であったのかも知れないが、そんなことは大した問題ではない。ただただ圧倒的な暴力に、人々は抗う術を持たず膝をつく。それだけのことだ。理由など幾らでも後付けすることが出来る。理不尽だが純粋に圧倒的な暴力がねじ伏せるのは、何も無知蒙昧な民衆ばかりだとは限らない。だからこそ、子供は爛れた大地を踏み締める。膝をつくことをしない。負けたくない。これは意地だ、馬鹿馬鹿しいと、こめかみから流れ落ちる汗を拭いながら子供は思う。こんな、ただただ理不尽でワケの分からない暴力の前に、容易く崩れ去ってしまう日常に涙するよりも先に悔しさが理性を、思考を支配する。行き着く宛てもないのに、熱に浮かされた頭はひたすら前にのみ進むことを足に命じる。
 災いだと、天罰なのだと、そんな言葉で片付けてはいけない。そんな、人智を超えるが故に後から取って付けたような理由で、退屈な当たり前の日常という名の宝物を壊されてしまったなどと認めたくはない。
「愚かなことだ」
 燃え盛る炎、家屋が瓦解する音、人々の悲鳴――それら雑音と轟音が支配する世界で、水面に水滴が落ちるほどの幽かな声音が鼓膜を震わせる。か細く擦れた、一滴の声は波紋が広がるように世界からありとあらゆる雑音を取り払った。変わらず子供の周囲では炎が逆巻き、焼け焦げた人の形が天に腕だったものを突き出したまま静止していたが、不思議と騒音だけが遠ざかり熱に浮かされた頭は、
まるで冷水を浴びせたように平静さを取り戻していった。
 周囲を見渡す。声の主を探す。もうもうと空を焼く煙で、視界は暗く、そして赤い。熱い砂の上の真っ黒な塊が、家屋なのか人なのか分からない。焼けた木の葉が火の粉と共に風に舞う。裸になった木は耐えきれずに炎を纏って焼け折れた。その向こうに、石造りの尖塔がひしゃげて崩れて、隣接したあらゆる建造物を押し潰すように横たわっている。目を凝らす。煙に、涙が溢れて視界が揺れる。しかしぼやけた赤と黒の視界の先に、子供は確かにその姿を視止めた。浮き上がるような、輪郭の曖昧な人影が、折れて突き出した尖塔の端に腰掛けている。暗く燃え盛る夜の炎の中、その人影だけが何物にも存在を侵すことを許さないように、白く、静かにそこに在った。この暗い、黒い、絶望の光景を背にして尚、その存在の稀薄な人影は濃厚な白い闇のようであった。恐怖を与えることを目的とした闇でなく、白く、何かを塗り込めて、覆い秘してしまうかのような闇だ。
 遠くを見つめる横顔は、鼻筋が通り端正に整っている。男か女かは下からだと分かりにくいが、髪が長いことから女の人かも知れない、と子供は思った。色素は薄く、炎を照り返して黄金に輝いている。熱風に髪を遊ばせて、赤く燃える地平を見つめる瞳は凝り固まった闇のようにただ暗い。
「このような赤い空の下まで、人の住むところとは」
 唇は殆ど動かされていない。だが、子供は確信した。先に聞いた声の主に間違いない。先刻よりも近くで聞いたせいか、その声が和かいが低く擦れていることに気が付く。
 何処かで、また爆撃を受けたのだろう轟音が響き、次いで家屋の崩れる音がするが、不思議と人々の悲鳴は聞こえない。だから子供は、もう皆死んでしまったのだろうと思った。生まれ育った村は焼かれ、見知った親しい人々は皆、理不尽な暴力でねじ伏せられてしまった。例えば、物々しい武装に身を固め村の周囲を取り囲んだ王国兵に詰め寄り、斬り臥せられた父のように。例えば、燃え盛り崩れ落ちる家の中へ、生まれたばかりの妹を助けようと向かい、そのまま圧死した母のように。炎の中、何処へ逃げればいいのかも分からず、それでも走りながら手を引いた弟が、小さくて丸い指先だけを手のひらの中に残して、爛れた肉塊になったように。子供にとっての当たり前だった全ては、赤と黒の絶望に咀嚼され呑まれてしまった。だから、きっと自分が最後なのだろう。自分と、この仄白く、亡霊のように鎮座する闇を残して、世界の全ては滅んでしまった。
 温い風に髪を踊らせて、白い闇が緩慢な動作で視線を移す。地平から空へ、空から大地へ、大地から炎へ、そして炎から、子供へと視線を移す。彩度の低い、暗い、硝子玉のような瞳の中に炎が揺らめいている。弧を描いた睫毛の影が、一層瞳を仄黒く輝かせる。表情はない。風がはた、と止み周囲の惨劇が少しずつ音を取り戻していくのを子供は感じた。白い闇の輪郭を、炎が浮き彫りにする。簾のように顔に落ち掛かる前髪は長く、作り物めいた容姿は稀薄に透き通るような、頼りなく果敢無い美しさを漂わせていた。しかし正面から見て分かる。男だ。線は細いが、女性特有の柔らかさは感じられない。初雪の襲から覗く陶器のように白い腕も、節々は確かに筋張っていて滑らかな筋肉に覆われている。
 子供の姿を視止めると、すぅ、っと獲物に狙いを定めるように目を細めた。陰りで一層闇を凝り固めた双眸に射抜かれて声に詰まる。手のひらの中の弟の欠片を握り締めた。上顎と下顎は、唾液のない口内でくっつきあって離れない。拡散し、塗り込めて、覆い秘すだけだった白い闇が明確な意志を持ち、その矛先が研ぎ澄まされると、それは鋭利な恐怖に成った。恐い――じわりと、思い出したように口内に唾液が広がる。飲み下そうとするが、喉に詰まって酷く苦しい。そんな子供の恐怖を知ってか、男は細めた目をそのままに、微かに口角を吊り上げた。後退りたいという衝動に駆られても、身体は少しも動いてくれない。
 男は瓦礫についた腕に重心をかけると、ゆったりとした緩慢な動作で上体を僅かばかり倒し、小さく首を前に伸ばす。
「やあ、子供」
 笑みの色を一層深くしながら闇の言葉が降る。凄惨とすら言える笑みを張り付けて、何とも楽しそうな声音で言葉を紡ぐ。この前、弟と一緒に母に寝物語として聞いた話に出てきた人食い鬼を思い出した。今目の前で、笑いながら自分を見下ろしているアレがそうなのだと、子供は直観的に確信する。
 あの物語の結末はどうだっただろう。途中で眠ってしまった為に、生け贄にされた少年が鬼に食われたのか、それとも生き長らえることが出来たのかが分からない。
 そんな子供の胸中を見透かすように、男鬼はその美しさに反し、嫌らしくにたにたと笑う。
「怯えているね、可哀想に」
 風に掬われた長い髪の毛が、怜悧な美貌に一房零れた。子供は鬼の言葉を、肯定も否定も出来ない。何か、何か言葉を発しなければと思うのに、口を開いても熱いばかりの空気を吸い込むことしか出来ない。
 白い闇は、身体を支えていない方の右手で顔に落ち掛かった髪を掬うと横に払う。そしてそのまま下ろすことはせず、赤々と燃える眼下の家々を指差した。この目の前の美しい化け物から目を離せば、たちまち引き裂かれて腸を引き摺りだされ骨髄を啜り尽くされてしまうのではないかという恐怖に駆られ、そのしなやかな指先が指し示すものが何であるのか確かめられずにいる。鬼はそんな子供の気配を察したのか、凄絶なばかりの笑みを潜めて、それから、酷く穏やかに微笑んで見せた。途端に、自分でも笑えるほど強張っていた肩の力が抜ける。それでも鬼への警戒は解かずに、そろそろと骨張った指を辿る。
 そこには、赤い地平から、暗い空へのグラデーションが一面に広がっていた。
「戻りなさい。お前の世界はあちらだ」
 不思議な声音が響く。鬼の言葉の意味が解らず、縋るような心持ちで子供は振り向いた。
 戻ったところで、所詮は地獄だ。辛くも生き延びることが出来たとして、それでも矢張り遺痕である自分がそう易々と生きていける世の中ではない。どう転んでも、戻る先に在るのは絶望だけであるようにしか思えなかった。何より、この得体の知れない男に背を向けるのは躊躇われた。
 ゆらりと、男が立ち上がる。逆巻く炎を背に、頭上には星一つ見えない暗い空を冠して、瓦解した尖塔の上で、場違いなほどに真っ白な影が揺らめいている。そして軽やかな跳躍を一つすると、音もなく爛れた大地に舞い降りた。その型があるかのような、完璧な所作を呆然と眺めていた子供の視線に気が付くと、先程と同じ、稀薄で柔らかな眼差しを向けて横を通り過ぎた。
「嫌だ……!」
 馬鹿な、と一連の動きを終えたところで子供は自身を罵った。
 依れた襲の裾濃から、白い潤色がひらりと覗く。しがみ付いた鬼の胴回りは見た目ほど細くなく、固く、冷たかった。子供は強く目を閉じて、去り行く闇に縋った。嫌だ、嫌だ、と分別のない幼子のように騒ぎ立てた。
 理由は、分からない。先程まで、あんなに恐ろしいと感じていたこの男に縋る理由なんて、それこそ何もないと思っていた。思っていたのに、擦れ違う刹那に緩やかに向けられた眼差しに、微笑みに、恐怖よりも、戦慄よりも、ただあの懐かしい陽だまりの庭を思い出した。もう無くしてしまった、戻ることの叶わない、陽だまりの庭だ。父の吊るしてくれたブランコに乗る弟の背を押しながら、母の焼くアーモンドパイの臭いに胸を膨らませ、遠くで元気良く泣く妹の声を聞いた。
 そうして暫らくして、恐る恐る、子供は目を開けると身体に回した腕はそのままに、男の顔を見上げた。そこで漸く、近くで見た男の瞳が浅く澄んだ青色をしているのだと気付く。男は子供と視線を交えても無表情で居た。それでも、子供は男から目を逸らすことをしなかった。
 そうして、男はまたゆるりと目を細める。吐息に乗せて、唇が弧を描く。
「それじゃあお前、俺と一緒に世界を使って遊んでみようか」筋張った長い指が、子供の顔に落ちた髪を優しく払う。「さて、どんな物語がお好みかな」



 



短め(苦笑)。
まぁ、のんびりSSSを書き溜めるつもりなので、他にも「誰某と誰某の話が読みたい」とかあれば、出来るだけ優先して書いていきたいと思う次第。
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