04.29.03:12
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08.10.01:42
sky ,fly ,cry(女神編)
微妙に古い(駄目じゃん)。
罪を知っている。
だから、赦すことができない。
神(宇宙自然)の意図するところは――賢者の意志も同様だが――
ふつうの人が欲しがるもの[のぞましいもの]が、じつは《善》でも《悪》でもないことを知らせることにある
(セネカ『神慮について』五‐一)
陽が傾く前に蒲団を部屋に入れた。こんなことなら子供達を外へ遊びにやる前に手伝わせれば良かった。最後の一つを両手で抱えて、足で扉を閉めると蒲団ごとその場に倒れ込んだ。柔らかい感触に顔を埋める。少しして苦しくなってきた顔をずらせば、鼻腔を太陽の匂いが擽った。
(あ――……寝る)
落ちかけた瞼を戻した時、傾いた青空が窓枠にきっちり収まって見えた。
残酷だ。
唐突に頭に浮かんだ単語に、それを意識した途端笑いが込み上げて来る。何とか遣り過ごそうとしたが、結局堪え切れず笑った。溢すような、吐息に乗せた笑いはそれだけに留まらず肩を震わせる程になる。柔らかく優しい感触額を押し当てて、暫らく笑った。
そして一頻り笑い、満足しすると途端にその衝動は嘘のように消え失せた。
仰向けに寝返りを打つと硬質な天井が眼に飛び込んできた。あんなに高かっただろうか、と思いながらそういえば自分はいつもより随分低い位置に居るのだった、と思い直す。
上体を起こし、視線だけ窓の外へ向ける。そして無感動に流れる雲を眺めた。
「馬鹿馬鹿し」
呟いてから、そういえば自分は何がそんなに可笑しかったのだろう、と首を傾げた。
罪を知っている。
だから、赦すことができない。
赦したくないから、赦すのを怖がっている。
知っている。
そんなことはもうずっと、知っていた。
罪という存在は「消えない」。
報いに罰が訪れようと、罪は「消えない」。
贖いも、償いも、罪をなかったことにはできない。
罪は在り続ける。
己が消えても、罪は「消えない」。
それなら、
いや。
救いようもないほど、愚かなだけだ。
柔らかいもの、暖かいものをその場に置き去りにして閉ざされた扉へ向かう。ガラス張りの扉を両手で押し広げるように開け放つと、緩やかな足取りで露台へと踏み出す。
全身に包み込むような風を受けながら、手袋をしていない方の手でそっと手摺に触れた。簡素だが、大事な手摺だ。この高い高い塔から、子供たちが落ちてしまわないようにずっと守っていてくれた。その手摺に弾みを付けることもなく、危なげなく飛び乗る。
あとはもう視界を遮るものは何もなく、ただ何処までも突き抜けるような蒼穹が地平にまで延びているだけだった。遥か眼下には草原と、少し離れて深い森が広がっている。惜し気もなく溢れるような緑が実に荘厳で、圧倒的に清らで、深く憎悪する。
両手を広げて、空を仰ぎ見ながら大きく息を吸い込む。こんなに離れていても、鮮やかな緑は緩やかに肺の奥底までを侵した。
どうして人が空を焦がれるように、カミサマは創ったのだろう。
幕を下ろすように視界を遮断した。風の音が煩い。
重心をほんの少し前へ移しただけで身体は簡単に風に攫われた。
自由になったという一瞬の錯覚に、静かな笑みが浮かぶ。
落ちゆく人は幸せだ。
名前を呼ばれた。
視界が反転して、全身を打ち付ける衝撃が走って、一瞬思考が停止する。つい先程天井を見上げたように、仰向けに寝転んだ先に青空が広がっていた。地面に着くにはまだ少し早い。何か身体の上に乗っていることを思い出し、そういえば名前を呼ばれるのとほぼ同時に信じられないくらいの力で腰に回った腕に引き戻されたのだと思い出した。
上体を僅かに起こして視線をずらすと胸元で浅い金色が揺れている。彼は飛び跳ねるように顔を上げると、乱暴にこちらを組み伏せて来た。
そして、しがみ付くように抱きしめられた。
「……に、やって……ッ!何、やってんだよ!馬鹿かアンタは!何で、アンタはこんなッ」
彼の言葉は震えていた。痛い程に抱きしめられても特に抵抗はしなかった。ただこんなにも必死になって(声を震わせて)自分にしがみ付いている彼が不思議でならなかった。
彼の肩越しで相変わらず緩やかに流れて行く雲を視線で追う。愛しい、と思う。
「何を――泣いてるんだ」
なるべく優しく聞こえるように囁いた。それなのに彼の肩は一度大きく跳ねて、それから腕に込められた力が一層強くなった。自分も彼の背中に腕を回して撫でてやりたいと思ったが、全身で押さえつけられていて動かせそうになかった。ついこの前まではそこの手摺にさえ届かないほどの身長だったのに、随分大きくなったものだと思う。
「アンタには夜刀彦も朝霧も居るだろ!二人が悲しむとか思わないのか……?」
悲しむ。
彼の発した奇妙な響きの単語をぼんやりと理解しようとする。
悲しむ。
何か、悲しいことがあったのだろうか、と考える。
こうして、俺は彼らを捕らえるばかりで決して何も求めない。
きっと永遠に、彼らに何かを求めることをしない。
浅い金色が風に揺れて、冷めた湖のような緑が悲しく濡れても、どうしてだろう。俺の心は氷りついたまま動かない。
それならこんな泣きじゃくる彼に言ってみても良いかも知れない。それならいっそ一緒にここから飛び降りてみようか。
でも、それじゃあ駄目だ。それでも俺の心は少しも溶けない。
きつく、きつく、やさしく、やわらかく、まるで愛してるなんて錯覚をさせるほどに強く抱きしめられながら、俺は全然違う人間のことを考えているんだ。
どうして、今、こうして俺を抱きしめる腕が望むものでないのだろう。どうして。どうして。
問うたところで返る答えがないことを知りながら、それでも尚問わずにはいられない。
それでも。
彼らの幸せを願っているのも、本当だった。
歪な奇形の祈りが、底辺にこびり付いて離れない。
ただ、純粋に空の青は綺麗で、あんなにも望んだのに、ひとりで見上げるとどうしてももの悲しい。
好き勝手なものいいに、ふるまいに、人の気の知らないで、
と凡てを無駄にしかねない罵倒を叫びそうになる瞬間、その瞬間に、その先に、つづく言葉への、ゆるし。
或いは、
空の軋みと歪める世界の無き、声
20070105banana
―― sky ,fly ,cry
タイトルの一部(『空の軋みと歪める世界の無き、声』)は片霧烈火のアルバム・曲から引用。
↓これで聴ける……個人的に「のこされた罪悪」が一番こぁい(…)。
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