04.28.22:12
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11.07.23:54
何処よりも冷たい場所
……。
疲れてたんだよ、うん。
何処よりも冷たい場所
逃げる獲物を追う。手を伸ばし、指に髪を絡めて掴む。そして引く。力強く。バランスを崩して落ちかかる身体を支えると、押さえ込み、そのまま、衣服の合間を縫って、首筋に、歯を、たてて。
血の味。小さな小さな傷口に、傷口を、抉るように、舌を這わせて、弄る。項垂れたその表情は、後ろから抱え込むようにしているのでこちらからは見えない。ただ、小さく息が零れた。
唇を離すと、傷口を最後に一舐めした。
「抵抗しないのか?」
凭れて、動かない。問うても、笑うだけ。
「抵抗しないのか?」
「する」
二度問えば、答えは返る。
もう一度、首筋に、傷口に、唇を寄せて、食む。抵抗はない。強く吸ったり、噛んだり、抉ったり、唇を離して、指先で傷口を広げてやったり、そうするとちょっとだけ苦しそうにしている。
「抵抗しないのか?」
「……するってば」
爪を、傷口にたてて、引っ掛けて、引き裂いて、盛り上がった肉の部分に、舌を。
「痛い痛い。やめろって」
まるで擽ったそうに言う。歯をたてて、引き千切る。ぷちり、ぷちり、と音がして、それから。
それから、口の中に残ったものをゆっくりと租借して嚥下した。
「……………不味い」
「なら食うんじゃねぇ」
「お前が悪い」
「相変わらずワケ分かんねぇし」
笑う。とても綺麗に。そうやって笑う、その方が、解からない。
「自身を害する異物は排除しなければ」
「だから、お前は俺を排除するわけだ」
解からない。
「俺を喰らうのは何の為?」
「予定調和だ」
「どうして俺を取り込むの?」
「有るべき場所へ」
「それじゃあ……駄目だな」
赤い、血。頬に添えられた手が、血を、擦り付けて。相変わらずの、壊すものの笑顔で。
「だって、俺はもう要らない」
「なら、壊せ」
「断る。ならば、それこそが復讐だ」
「それは出来ない。歪めたままになど」
「歪みが許せない、だと?馬鹿が。俺という存在そのものが歪みだ。許せないなら還そうだなんて馬鹿なことは考えるな」
白い世界に、王様ひとり。雪みたいな、灰みたいな、死みたいな、花みたいな。笑う、周る、攫う、抉る、揃う。腐敗の王様。壊れた右腕、引き摺ったままに、突き放すことも抱き寄せる事もせずに、ただ生かして、復讐だと笑う。誰の為の。
(何の為の?)
「悪いことをした、とは思ってる、一応。……これでもお前を待つつもりでいたから」
「死ねば良かったのに」
復讐する、世界に。でも、それだとまるで。
(まるで、俺が世界と等価であるような)
そんな、錯覚。
「死ねば良かった」
「それは困る」
「死ねば良かった」
「俺は生きて、んでついでに幸せになるんだからな」
まるで冷たい屍(かばね)の腕で、一体どんな幸せを、すくうというの。
ぎんいろの髪に、灰が着いてる。息を吹き掛けると、宙を舞う。同じいろ。
「お前は、決して幸福になどなれはしない」
「へぇ?」
「お前は、本当は、」
ぱっくりと開いた傷口が、脈打つ度に血を流しながら、人間のフリをしてる。必死に。
「本当は」
本当は、知っているのだろう。そんなもの何処にもない。
「違う」
「違う?」
「そう、違う。ちゃんとある」
笑う顔が一度死んで、それから花が咲く。多分、色は無い。
「でも触れないんだ。暖めると溶けてしまうから」
「壊してしまえ。まだ間に合う」
「冷たい、冷たい、まるで氷のような……」
黙らせようと、死んでしまえと、願いを込めて。振り下ろした手は容易く振り払われて。溶かさぬよう、ただ冷ややかに在るその半身は、降り掛かる生暖かい血をただ全身に。
「殺さない。でも、お前だけが幸せになるなんて、そんなのも俺は許さない」
その氷のような幸せを、どうしたら守れるのか。
「それで……まあ、許しといてくれ」
「死ねば良かったのに」
「否定しない。すまないな」
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