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  • 04/29/03:09

11.08.00:15

神を簒奪する非我

古い話。
「母に由来する種子」のアジュラサイド。




神を簒奪する非我

「起きなさい」
 向けられた言葉の意味を理解し、忠実に実行する。それは意識する程の行為でもなく、脊髄反射に近かった。開けた視界に、黒い影。目を細めて鏡像が哂う。何がそんなに可笑しいのか、とただ黙ってそれを見上げた。
「こんなところで、死ぬ気?」
 死ぬ。死ぬつもりはない。声に出さず、けれど自身に言い聞かせるようにその科白を胸中反復する。左腹部が痛み、それから先刻そこを刺した女を思い出した。刺されたのだった。
「私はー…君をこんなところで死なせる為に、君をあの時助けたのではないよ」
 見下ろす影が哂う。
「無論、私も…こんなところで死ぬのは御免だ」
 見下ろす影は、いつの間にか鏡像である事をやめ、刺した女と同じ姿をとっていた。長く黒い髪が垂れ込んでいる。その間から覗く瞳の色も、光を知らない漆黒だ。
「-…思い出したかな?」
「自分の男が死に掛けてるってのに…余裕だな」
 言うと、彼女は微笑んだ。

「死んではいけないよ。君が死んだら、私はとても悲しい」

 それが、自由意志の否定に他ならぬ事をアジュラは知っていた。人間が他の事物と一線を画す、その最たるものがあるとすればそれは本質において理性より感情に重きを置く、といった点だろう。
 行き着いた答えをアジュラは肯定した。何者も、これを否定する事は許されないのだと知った。自分自身ですら、その感情からは逃れられまいと判った。その、想いに似たものさえあれば生きていける、そう思った。全てを失っても、彼女を失っても、喪失を何度繰り返そうと、生きていける、そう思った。自覚し、肯定し、赦す。ただそれだけの行為が、この先も永遠に、自身を生かし続ける。
 端的に、世界と神とを表している、それがアジュラとジオだった。それを、本当にただ認めた、それだけだった。

 背中が痛い。身体の向きを変えようとして、それが適わない事を知る。それから、何故、といった疑問符が浮かぶ。現状を把握出来ずにいるのは、視界が閉ざされている為なのだと、理解する。開けた視界に、見慣れない天井が飛び込んできた。それから、自分が横たわっているのだという事が解った。それを、天井と形容する事すら疑わしい。その天井のような、横たわった自身の上に広がるものをアジュラは不鮮明な視野で捉え続けた。赤黒く乾いた、木の枝のような毛細血管のような管が天井(?)を這っている。ところどころから管は簾のように垂れ下がり、まるで干涸びた人体のようだ、とアジュラは思った。
「気が付いたか」
 声がした方へ身体を向けようとして、諦めた。拘束されているわけでもないのに身体は動かない。仕方なく、視線だけをそちらに向ける、より先に見知った顔がアジュラと天井(?)とを遮って現れた。
「ー…ヒ、ル」
 言葉を発して、その掠れ具合と喉の引き攣るような感覚に、そこで初めて身体が水分を欲している事に気付く。それから段々と、自分の置かれている状況を把握し始めた。起き上がろうと、今度は明確な意図を持って身を起こした。成功はしたが、すぐに目の前の青年に戻される。
「ー…俺…」
「解るか?合一したんだよ」
「クソッ」
 目眩がした。動かない筈だ、と項垂れる。
「セレスタの話だと、後一、二時間もすれば動けるようになるって」
「…ここは?」
「世界樹塔」
 自分の意識が飛んだ事は覚えていた。そのまま、放っておかれたわけではないのだろう。そうでなければ合一など有り得ない。そんなアジュラの意図を読み取ったかのように、暫くセレスタが表に出ていたんだ、ヒルが口を開く。
「そう…で、俺は何と合一したの?兄さんは?」
「ウニオ・ミスティカは創造破壊とだ。セレスタはー…」
 言いかけたヒルの言葉を遮るように声が重なる。それだけで全て理解出来た。
「ここ。お早う「神喰らい」、世界は変わった?」
「俺の身体で変な事してないだろうね、兄さん」

 最悪だ。


「ただいま」
 もっと、他に気の利いた事が言えれば良かった。全てを思い出したアジュラは、それ以上に彼女と向き合うのにただひたすら後ろめたさ以外感じる事が出来ずにいた。何と言って、どんな顔をして会えば良いのか判らなかった。
「おかえり」
「……」
 彼女の苦笑は美しかった。

 再確認。言いながら、兄が笑う。兄はアジュラと同じ形で、兄のフリをしているだけの自分自身だった。兄のフリをしているだけのその事物が、何であるのかをアジュラは理解しかけていた。それ以外に、否定も肯定もする気は起きなかった。
「ー…何を?」
「自由意志の」
 兄の模倣が笑う。その模倣を則るものの本質を置き去りにして笑う。かつて、それは自身の一部であった。それが、今となっては完全な非我と成り果てていいる。それは、とても心地の良い事のような気がした。
「そんなもの、初めからありはしない」
「必然性?そこへ至るのに迷いは?」
「無いね」
「肯定しても、夢の外へ出るのは難しいんじゃないかな」
「必然がそれを肯定すれば、足掻かずとも何れは至る。然したる問題でないだろう」
「…難しい事言わないでよ、お兄ちゃん解んない」
 と、まるで兄のような物言いをする兄の模倣を鼻で笑う。
 足掻く事は無い。そこに、確固たる必然が存在するのならアジュラはただ全てを赦せば良い、それだけだった。それを解っていて、兄は再確認をしたのだろう。
「貴方は必然を感じている?」
「ー…さあ?…無限知性、その連鎖すら神と世界とに則るのだとすれば、或いは」
「白々しい」
 言うと、兄は笑った。
「もう少し、気付かないフリをしていてくれない?結構気に入ってるんだ」
「ふぅんー…じゃ、貸し一つだね、兄さん」
 本当は、気に入っているのは兄だけでない事を知っていたけれど、悔しいのでそれは口にしない。それから、言わなくてはいけない事があったのを思い出す。
「あのさ、思い出したんだけど16年前のヒルのアレ、兄さんだよ」
「ー…何だそれは……と、いうか俺は記憶にないぞ。ってか、何でお前が知ってるんだ?」
「それは、そうだろうねぇ…だって、これから兄さんが助けるんだもん。頑張ってね」
 どうして知っているのか、その部分については言わないでおく。今更16年間兄弟として育ってきた兄貴分のヒルが、自分にとって実は血の繋がった甥っ子です、などとどの面を下げて言えるというのだろう。ましてや、本能に基づく衝動故にその腕を斬り落としたなどと、言えるわけがない。
(ー…本当は、殺すつもりだったんだけどな)
 言えるわけがない。
 後ろで未だ騒ぎ立てる兄を放って、アジュラは歩き出した。急に疲れた。ジオに会いたいな、と思った。
 その必然を肯定し、自由意志を否定し、夢を見ている。いつか、醒めるかも知れない夢だ。辿り着くのかも知れない。それでも、事象の一部でしか成り得ないのだとしても、彼女を肯定していたい自分を、アジュラは肯定したかった。彼女を愛しいと思うのは、そんなに難しく考える事ではない気がした。ただ、自分は確かに彼女にとって害悪でしかなく、彼女は及びもつかない超越したところに在るものだと、そうした隔たりだけが邪魔だった。仕方がないので、アジュラはその隔たりも赦してしまう事にしたし、彼女にとって害悪でしかない自分も肯定してしまう事にした。そこにある必然を認めてしまおうと思った。
「アージューラッ、知ってる事、全部お兄ちゃんに言いなさい!」
「そこに必然性を感じたら言うよ」
「屁理屈!じゃ、ギブ&テイクでどうだ?」
「じゃ、そのギブ&テイクに必然性を感じたら」
「吠え面かくなよ?お前のハニーは今「神殺し」の坊やとランデブー真っ最中だ」
「ー…ッッもっと早く言え、馬鹿兄!」
 必然性どころか、そこにあるのは危険性以外の何ものでもない、とアジュラは自分の存在を棚上げして走り出した。その後ろで、笑い声と共に兄の声が飛ぶ。
「必然性は感じたか弟よ!だったらさっさと種明かししろー」
 完全に面白がっている。自分の娘の危機的状況にこの御気楽さは頂けない。本当は言うつもりなど無かったのに、一人慌てているのが悔しくて、アジュラもまた肩越しに目一杯叫んだ。
「さっさと助けに行かないと、ヒルが死ぬよ!」

 それもきっと、彼にとっては些細な事でしかないのだろうけれど。

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