忍者ブログ

覚書
04 2024/05 1 2 3 45 6 7 8 9 10 1112 13 14 15 16 17 1819 20 21 22 23 24 2526 27 28 29 30 31 06
RECENT ENTRY RECENT COMMENT
(01/20)
(01/12)
(08/26)
PJB
(08/26)
PJB
(07/03)
[06/30 海冥です…!!]

05.15.03:09

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

  • 05/15/03:09

11.18.04:12

Ein Vogelkäfig

随分前に書いたのにほったらかし☆

……。

実にいつものことです(変な日本語)。

えーっと、5年くらい前に描いた、「火葬」という漫画辺りの話(知らねー!)?







檻 Ein Vogelkäfig
20070904 banana

 生温い風が頬を撫でて通り過ぎていく。その目には見えない軌跡を追いながら、鈍色の空を見上げた。灰褐色の分厚い雲がゆるゆると流れている。雲と雲とが重なって陰欝な色を一層深くした亀裂に、真っ白い糸のような稲光が一瞬だけ閃いて消えた。
 鼻を突くのは腐食物の臭いだ。錆びた鉄と、泥の雑ざった水の臭いとそれから、何か、有機物の腐敗した臭い。踏み締めた足元は汚泥に塗れ、気に入っていた靴が台無しだ。革製品だから、洗って乾かすと縮んでしまうかも知れない。なかなか自分に合うサイズがないのでそれは嫌だな、と私は思った。それでも、あの顔色の優れない愛しい子供をこのような場所へ連れてくるよりかは幾分マシかと、醜いことこの上ない周囲を見渡しながら目を細める。
 美しくない。
 黄茶けた苔に覆われた樹の根は醜くひしゃげて痩せ細っている。黒々とした表皮を沼地に浸す様は、老婆の頼りなく節張った指を思い起こさせる。生き物の気配はなく、巨木から不恰好に伸びる痩せた枝の間から見える鈍色の空を陰欝に彩る。
 成る程、死に逝く世界には相応の醜さか、と口の端を歪めた。
 さて、どうしたものかなと首を傾げながら、汚泥の浅いところを選んで歩く。先発隊――隊とは言っても二人だけだが――と合流しても良かったが、別にそこまでは頼まれていない。ただ、様子を見てきて欲しいと懇願されただけだ。珍しい、本当に希有なことだった。
 実に十六年という、人の身にしてみれば儘ならない時を経て、漸く再会に至った愛しい幼子は、物の見事に私のことなど忘れ去っていた。いや、私の中にかつての彼が融けているように(そして今尚深くその存在を感じるように)、彼の中にもまた、私の名残が刻み込まれている筈だった。だが、記憶の伴わない郷愁は異質さを浮き彫りにし、「私」という存在に警戒心を抱かせた。嘆かわしい。私は恋に狂った、ただの女だというのに、花を摘もうとして川に溺れた男は、「私を忘れないで下さい」と叫びながら、流された先で肝心の己が過去を失ってしまったのだ。
 再会したときの幼子の恐怖に引きつった顔を思い出すと、知らず知らずの内に笑みがこぼれた。そうして、ひどく優しい記憶に浸っていると、やがて巨木に寄り添うようにして鈍色の空に一本の尖塔が立ち上った。始まったか、と胸中で呟き下唇を湿らせる。焼かれている男を想う。もう死んで、ここにはないものを想う。
 現場に行く気は、初めからなかった。彼も、私にそこまでは望んでいなかった筈だ。荼毘の場には既に男手が二人分もあったし、わざわざ私が行ったところで出来ることもそうないだろう。何よりこの湿度だ。腐肉は蛆虫共にとっては格好の温床となるに違いない。たかが虫ごときに可憐な悲鳴を上げるような可愛げは持ち合わせていなかったが、美しくないものは見たくない。彼は気付いていない、若しくはまだ忘れているかも知れないが、鉛玉に射抜かれ、汚泥に塗れ、肉を腐らせ、蟲に喰われるあの美しかった天使は知らぬ顔ではない。銃弾に貫かれる刹那、濡れ鴉の髪と髪の間から覗いた形の良い、薄い唇は確かに弧を描いていた。朱金の目は柔らかく細められ、歪むばかりでない、狂おしいまでの正気と自制を宿して、あの男は確かに、私を、見た。気付いていたとは思わない。だが、そうだとしたら何故あの美しい堕天使は、私に子供たちを近付けることを頑なに拒んだのだろう。
 ひしゃげた根の一つに腰を下ろし、武骨な幹の内側の胎動を誰よりも正確に、そして自然に把握しながら、黒く立ち上ってはやがて薄らいで消えていく煙を見つめる。その根元、腐肉と蛆とに宿る篝火から二人の内一人が離れ、私の方へ歩いてくる気配を感じて視界を閉ざす。目蓋の裏に浮かぶのは、愛しい、愛しい、私の可愛い子。しっとりとしたブルネットは瀝青炭のように黒く、肌は陶器のように肌理細やかで白い。けれど記憶の中の彼と寸分違わぬ気配の持ち主が向ける眼差しは、愛し子の軟らかく果敢無い青色ではない。
 伏せていた目蓋を持ち上げる。荒廃した、彩度の低い灰褐色の世界に鮮烈で底知れない青色が、挑発的な色彩を放っていた。
「エンテュメーシス」
 ふっくらとした下唇を押し開けて、変声期前の少年の声が私の背後に聳える大樹の半分の名を呼ぶ。しかしねめあげるような眼差しは背後にではなく私に向けられたものだ。私は仕方がなく、肩を竦めた。あの鮮烈な青に射抜かれた弟はどうしただろう、と考えた。恐怖なり、憤怒なりの念が脳裏を掠めただろうか、と考えた。答えは出ないし、答えは知れない。私の会ったこともない弟は死んでしまった。きっと私を殺しに来るだろうにと、永遠の敵対者の来訪をずっと楽しみにしていたのに残念でならない。そう、私の半身とも言える、私の欠けた虚を真に埋め得る者は失われてしまった――あの愛し子が、その肌、その肉、その骨、その血、その髪の一筋すら残さずに食らい尽くしてしまった。今私の眼前で艶然と微笑むこの「女」が、喉笛を噛み切り、骨を砕き、租借して口移しに私の弟を肉片にして、あの哀れで愛しい子の血肉にしてしまったのだ。「母」という、私の中の光の部分がみどり児を生かそうとした、これが結果だった。
 男の形を震わせて、「女」が嗤う。
「おかしいかい」
 私の声はか細く紡がれたが、風も雑音もないこの空間においては、驚くほどよく聞こえた。黒い髪の少年は返事をすることはなかったが、浮かべていた微笑みに苦笑のようなものが交じった。
「ジレンマだね。結局はどちらかに転ぶしかないのに、その顔で自嘲めいた笑みを浮かべないでほしいな。可愛らしいから、思わず同情したくなるじゃないか」
「言うねぇ。選択を迫られてるのは、何も俺だけじゃないだろうに」
 後悔に似た表情はなりを潜め、少年はくつくつと喉を鳴らす。
「犬死にだというのならそれまでなんだろうよ。フェルゼンにせよ、お前の弟にせよ――俺やお前にせよ」
 遠回しに天敵の存在を仄めかす。解っていて連れてきたのだ、性質が悪い。
「アレで私をほふるつもりなのかな?だが、『神殺し』が蝕むのは我々だけではない。貴方自身にも危険が及ぶことを理解しているのかな?」
「愚問だな」
 知っているさ、と胸中で舌を出す。答えは初めから分かり切っている。見たいのは反応だ。
「何の為にこの肉を選んだと思う。まさか、俺が良心だか親愛だかでアレを庇護しているだなどと、本気で思っているのか」
「何、慈善家に目覚めるのも悪くはないが、危険回避能力が薄れているのではないかと思っただけさ」
「それこそ狂言だな。執着はあっても感情は伴わない――そういう生き物だろう、お互いに」
 最後の一言をいやに強調する。けれど私の中に印象強く残ったのは、寧ろその言葉の前の「生き物」だった。
 生き物、と言った。何を思って、この少年の形をしたものは我々を生き物と言い表わしたのだろう。もしくは、何も思わなかったかも知れない。何かを意図する必要性もはいほどに――生き物だと。
「何かおかしいか?」
 私ではない。目の前の、少年が訊ねた。先程、私が彼にしたのと同じ言葉だ。
「……言葉を返すようで悪いが、そういう貴方はどうなんだ」
 言ってから、知らず口の端が弛んでいたことに気付く。
 私はもう、認めてしまった。すぐに気付いたし、あがくだけ無駄だとも思った。私は、自分がただの女であることを歯痒く、もどかしく、そして幸福であると、そう思っているのだった。

 部屋に灯りは付いていなかった。廊下の灯りが差し込むのを最小限に留めようと、手早く扉を閉めようとするが、蝶番が煩く鳴いてどきりとする。フルスヴァルトめ、油を射しておけと言ったのに、と胸中で毒吐きながら外の光を完全に追い払った。部屋の中に、暗闇と静寂が戻る。
 私の問いを、「女」は一蹴した。ほんの戯れだと、艶然と微笑みながら言った。
 部屋の中には、古い油とほんの少しの黴の臭いが漂っていた。空気はひんやりとしていたが、淀んでいた。赤く色褪せたカーペットが床一面に敷き詰められていたが、所々が剥がれてささくれだった木の板が剥き出しになっている。そこを踏むとひどく軋むのを知っていたから、部屋に入った後も慎重に歩いた。
 窓から少し離れたところに吊された、折り畳み式の簡易ベッドの手前間近にまで来て、足が止まる。手を延ばして、ぎりぎり、届かない距離だ。
 嵌め殺しの窓が風を受けてがたがたと鳴る。私は、寝台の上に横たわり、まるで死んだように眠る愛しい子供を見下ろした。子供とは言っても、外見的な年齢はそう変わらない。いや、引き裂かれたときの反動で私が彼を捻じ曲げてしまった。本来なら、既に成人して久しい肉体である筈だ。対して、私のこの弱々しい外観も彼に由来している。
 もっと傍で、顔を見たくて近付く。手近なところに椅子が見当たらなかったので、寝台の傍らで膝立ちになった。
 それにしたって、十八歳にしては幼過ぎるかな、とか細い寝息に揺れる黒髪を除けてやる。
 彼は、本来なら三十五歳の筈だ。本当なら、子供が居ても可笑しくはない年齢だ。たが、私がその内の十六年、十七年を奪った。私が、彼を不幸にした。彼だけでなく、彼が大切に思う者をも不幸にしてしまった。虚に耐え切れず、小さな檻に閉じこもるようにしていた彼を、本当はただ純粋に救いたかっただけの筈だった。けれど天使に正常な感覚を削ぎ落とされていた私には、それはとても難しいことだった。結局、私は私という名の檻に彼を閉じ込めただけだった。私は彼を救うどころか、彼から様々なものを奪っていった。
 小さく、彼が身じろぐ。ああ、起こしてしまったかな、私は彼に触れていた指先を離す。そして、行き場をなくした手は、私の意志とは関係なしに頼りなく彷徨い、また彼の頬に伸びようとする。
 馬鹿。
 結局、ごとりと音を経てて冷たい床の上に手の平が返る。彼は、起きない。少し泣きたくなったが、それが何故なのかは分からない。
 膝立ちしている姿勢も辛くなり、そのまま床に座り込むと固い寝台のシーツに顔を埋める。少し黴臭い。彼が寝返りを打ったのか、耳障りな音をたてて寝台が軋む。僅かな振動が、シーツに埋めた額に伝わる。
「――……ジオ」寝起き特有の掠れた声に、胸が詰まる。「死んでるの?」
 馬鹿を言え、今の今まで死んでいたのは君の方だろうに――そう言おうとして、やめた。床に落としたままの腕を寝台の上にまで持ち上げて、パタパタと揺らす。顔は上げない。シーツの中に埋めたままだ。
「泣いてる?」
 いや、泣いてはいない筈だった。泣きたくはなったが、泣いてはいない筈だ。
「ジオ?」
「……デリカシーのない男は嫌いだよ」





アジュラサイドの話も考えていたりいたり。

PR
URL
FONT COLOR
COMMENT
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
PASS

TRACK BACK

トラックバックURLはこちら