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05.14.06:33

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  • 05/14/06:33

11.08.00:20

母に由来する種子

「神を簒奪する非我」のジオサイド。
古い古い。




母に由来する種子


 久しぶりに見る顔は、青白いを通り越し既に死人のような土気色をしていた。それでも覚束ない足を懸命に叱咤し、微笑みながら、ただいま、と言ったアジュラの強がりを、ジオは苦笑しながら受け容れた。アジュラの気配が変質してしまっている事、それすらも気付かないふりをした。きっと、アジュラも気付かないふりに、気付かないふりをしているのだろう、と思った。訊かなくとも判る事だ。話さずとも気取られる事だ。交わした微笑には、互いにそんな意味合いが込められていた。本当は、微笑を交し合う必要すらなかったのだろう。
 彼の一部は確かにジオの中に内在していたし、彼もまた自身に融けたままでいる彼女の存在を思い出した筈だ。不完全ながらも、それでもあの瞬間だけは互いの喪失した箇所を補完し合っていた。
 喪失の痛みはアジュラとの合一に介入されたのが初めてではない。生れ落ちる際、既に別たれ損なわれていた。まるで、最初からその存在を否定されたかのようにひっそりと在った、唯一つの同胞だ。そして、彼自身、己を否定しひっそりと在り続けようと願ったのだろう。一度も会った事がないとはいえ、愛する男とは違う男の心情を、判ったようなつもりになって考えるのは、アジュラに対する裏切りのような気にもなったが、不思議と罪悪感は湧いてこなかった。その繫がりさえあれば、無様な言分けすら赦されるような気がした。

 そういえば、銀色は我々にとって不吉な色であった、と愛する男の後ろで可愛らしく小首を傾げる少年を見つめながら思う。不吉な銀色と、あのいけ好かない、副人格を名乗る男とアジュラが分離しているという事、アジュラの変質した、それでいてよく知る気配、それはつまり合一ではなく捕食。遠い昔、別たれた半身の決定的な喪失は、現実味を事欠いていた。
 おぼろげにそれを理解しながら、それにしたって涙の一滴も出やしないものだろうか、とジオは己の淡白さに辟易すらする。寄りにも因って愛する男が、弟を殺して帰ってきたというのに、だ。

 


「どういうつもりでいるのかな、君?」


 それが一人になったのを見計らい、声を掛けた。相変わらずの邪気を感じさせない表情で、少し驚いた風にジオを見つめ、それから矢張り邪気のない笑顔で応えた。その無邪気さが、尚の事性質が悪いのに拍車を掛けているのだ、とジオは胸中溜息を吐いた。
 会話は続かない。続けないつもりでいるのなら、それはそれで構わない、とジオは思った。それでも、念押しにもう一度言う。私が何か、知っているのだろう?それは笑みをそのままに、けれど口を開く。

「はい」
 いい返事だ。なのにこうも疲れるのは何故だろう、と思う。きっと、子供は苦手だ。まともに子供の相手などした事もないのに、何となくそう思った。恐らく、間違っていない。

「-…なら、どういうつもりでいるんだい?」
「それを訊いてどうするの?」
「いいじゃないか、言ってみ給え」

 先の答えを促すが、結局黙り込む。これと問答を繰り返している暇があるのなら、アジュラと話がしたいなあ、と思った。

「ジオは難しい事言う人だなぁ」

 本気で悩んでいるようだ。これなら最初から本職の方と話してしまえば良かった。
 それでも、差し当たり急いでも居ないジオは、隣に彼がいないその苦痛に耐えながらこのどうしようもない、図体だけは一人前の子供が答えを出すのを辛抱強く待つことにした。私って意外と我慢強いかも、と感心する。そしてふと、唸るそれを放ったまま、いけ好かないあの男は何を考えているのだろう、と今居ない者の事を考えた。横に居る、それが害悪と気付かぬ筈がない。それとも、自分だけは安全であるとでも思っているのだろうか。

(-…有り得んね、あいつに限ってそんな)
 だとしたら、面白がっているのか。性質の悪い。そもそも、やっとの思いで見つけ出したアジュラに、あの男が干渉していた事が更に気に喰わない。死んでしまえ。


(ガキか、私は)
 隣に居るそれと同レベルのような気がし、気付かれぬようジオは頭を抱えた。

「-…と、いうか」

「うん?」

 忘れていた。

「先に裏切り者に制裁を、って僕は思うよ」

 だから、ジオは後回しね。笑顔で、それはそう付け加える。だが、そんな事は然したる問題でも障害ですらなかった。その前だ。

 その意味を理解するのに少し、その意味の重大性に気付くのにかなり掛かった。そうして、吐き捨てるように笑みが零れた。何でそこで笑うんだ自分、と取り敢えず突っ込みを入れてみたが無駄だった。混乱するどころか、頭は益々冴え渡って、弟の事といい、矢張り自分は何処か可笑しいのだろう、と思った。
「何か可笑しい?可笑しな事言ったかな、僕」
「-…いや、ただ」
 そこで、一度言葉を区切る。先に続ける言葉を脳内で反復する。その必然性と正当性に確証を持ってから、再び口を開く。

「身の程を弁えなさい、それはお前の役目ではないだろう神殺し」

「何それ!?何でそういう言い方するの?悪いのはあいつじゃない、何でそんな意地悪言うの?」
「くどい」

 捲くし立てる目の前の子供に、言って一瞥をくれてやると、そのまま黙り込んだ。僕はちゃんと仕事してるのに、と俯いたまま呟く。
「聞こえないな。正当な言い分があるのなら、もっとはっきり言ってみてはどうだ」
「僕、悪くない。ジオは意地悪だ」
「己にとっての害悪を許容できるほど、私は寛大ではないのでね」

 つまり「敵」だ。それも、許し難い「敵」だ。今すぐここで八つ裂きにしてやろうか、とも思う。けれどその衝動と、アジュラの心とは、どちらに比重を傾けるべきものだろう。考えるまでもない。それを八つ裂きにしても、彼はジオを許すだろうが、ジオは彼に許されたいわけではなかった。彼に、心を痛めさせたいわけではなかった。

「私の排除を諦めろとは言わんさ。それが…君達の役目だからね」
 だが、裏切り者への制裁まで求められていないだろう、続けると、とうとうそれは視線を地面に落としたままになってしまった。それでも食いついてくるあたりの根性は見上げたものだと思う。

「脅してるの」
「そう聞こえたのなら、それはすまない事をした」

 脅し?寧ろ牽制だ。

「無駄だよ、怖くなんかないんだから」
「そう宣言する事に因って、恐怖を打ち消そうとしているのかな?意外と小賢しいじゃないか」
「だって、悪いのは全部お前たちだ、ってアギのお父さん言ってたもん!」
 -…あの男だ。
「神さまが偽者だから、全部全部可笑しくなって悪くなっちゃうんだ!」

 ここまでだな、とまるで違う誰かの囁き事の様に、言葉が浮かんだ。


「ー…君、本当の事を教えてあげようか」

 どうしたって、目の前のそれは癇癪持ちの子供だ。まともに会話なんて成立する筈がない。ああ、私の我慢強さもここまでか、とその時になってジオが場違いにも面白可笑しい気持ちになっていたのは本当だ。

「神殺しは一回限り。他の二人と違って、君はただの消耗品だ」

 子供相手に随分と酷なことを言う。けれど、もう二度と喪失の痛みを味わうまい、とジオは思っていた。その為になら、どうしようもなく残虐になれる己が居た。目の前のこの子供が、もしアジュラの血の臭いを纏わり付かせ現れるような事があったら。
(-…それは嫌だな……どうしよう)
 大人げなくもなる。
 一度きりの消耗品で、しかも一番真実から程遠い所に居たとしても、たしかに目の前のこれは「神殺し」で、そんなものから人知れずただ一人で、アジュラを守り抜く自信など、ジオにはなかったからだ。
 遠くで、ジオを呼ぶ声がする。今一番聞きたい声だ。今、一番聞いていて後ろめたさを感じる声だ。

 黙ったまま、何も言わない出来損ないの「敵」を残して、ジオはその場を後にした。
 守り抜く自信などなくてもいい、それでも守ろうと思った。守りきれなくても、例え彼が喪失の痛みを再び受け容れなくてはならなくなったとしても、アジュラなら大丈夫だ、と根拠のない自信の方は確かに存在していたからだ。それに引き換え、彼を守るという大義名分と引き換えに、何だか全てを諦めた風でいる自分が、随分と卑怯な気がした。

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