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04.29.07:13

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  • 04/29/07:13

09.29.12:31

Love Robs without Hesitation Ⅶ

さいすうわサルベージ。




 それでも、確かに。


愛は惜しみなく奪う 7


 火を付ける。燐寸の先から生み出された小さな炎を線香に移す。これからこの小さな炎は、ゆるゆると地価水道の壁を辿り、恒常の平和を率いる男の本拠へと向かうのだった。全ての物的証拠はこれで消える筈だと俺はほくそ笑む。放火、爆破、暗殺による証拠隠滅は俺の得意分野だ。俺は薄く笑むと、導火線へと線香を近付けた。
 じ、と微かな音と共に炎は地を舐めながら、ゆっくりと闇の奥へと向かっていく。
 線香から生まれた星は火薬へと辿り着き、やがてくぐもった爆音が、そして微かな振動が届いた。俺の横では、何も知らぬ男がやったな、と喜んでいる。おめでたい男だと、一緒になって喜びながら俺は思った。
 やったな、と何度も男は言った。まるで気付いていないのが可笑しくて、俺は笑みながら何度も頷いた。
 あまりにも男の喜びようには邪気がなくて、今お前と俺が爆破したのは、天上の蝙蝠、トロメアの諜報員とを兼ねている男、お前がリーダーと仰ぐ男の屋敷だよ、と教えてやりたくなるほどだった。
 明る過ぎる笑顔の男の足を促すと、俺たちは仕事の確認のために地下道から外へと出た。現場を見渡せる場所へと向かう。男は、気付かなかった。周囲に集まってきた制服の男たちに。
 止まれ、と制服は言った。驚いたような顔をして男が振り返り、まさかと呟く。現場はあんなに遠くだったのに、どうしてと。
 計画は極秘の筈だった、知っているのは俺とお前だけの筈だったのに、呆然とそう言う。男の横顔を見ながら、そんなもの俺が手配したに決まってるだろ、どうして気付かないんだこいつはと、苛立ちさえ覚えながら舌打ちをした。
「……一体、何処から」
 男は制服と向き合ったまま暫らく考え、そして思い至ったようにこちらを向いた。
「誰かが、知らせたんだ。俺たちのことを」
 それは俺だ、俺が知らせた。
 気付けよ馬鹿、俺は考える。考える。そうするだけで口に出せないのは、多分男の手に持った短剣のせいだ。
 男は、ゆっくりと短剣を構えるとじりじりと後退をした。気付けば、石畳に叩きつけるような靴音はどんどん増えてくる。俺たちは、カシュトカデシュの兵に囲まれようとしているのだった。それに気付いた男はこちらを睨み付けた。俺は、諦めるように肩を竦めてみせる。
 居たぞ、と誰かが叫んだ。
「捕らえろ!殺せ!」
 台詞に奇妙な違和感を覚えつつ、俺は剣の柄に触れた。隣で男は既に獲物を構えている。剣を抜こうとする俺の耳に、しかし隊長の命令する声が聞こえる。
「銀髪の方には手を出すな!」
 恐らくカシュトカデシュの命令だろう。そんな命令などなくても、奴の私兵くらい何でもないというのに。
 侮られている、と感じた。
「謀られたのか」
「……みたいだな」
 俺は肩を竦めると鞘から刃を抜き出した。今日の獲物は少し長めの片手剣だ。いざとなれば、向こうが飛び掛ってくる前に、相手の喉首を掻っ切ることも可能なようにと持たされたのだった。
 男がこちらに手を伸ばす。
 俺は、身体を固くした。
「来い!」
 訳が分からず立ち尽くしたままでいる俺に、もう一度来いと男は告げた。力の抜けた腕が捕まれる。
「走るぞ、アギ!」
 何を、何を何を勘違いしているのだこの男はと、混乱する頭を抱えたいような気持ちで、しかし引っ張られる腕は振り解けないまま俺は男につれられて走った。
 何を勘違いしているのかこの男は。
 一体何を。そればかりが頭の中に渦巻いた。

 俺をアギと呼ぶこの男と俺の間に、真実など何もなかった。
 目に見えることだけが現実で、そこには夢見たような理想など、この男が思い描くような綺麗なものなど何もないのだった。寝物語に語ったような、美しい世界などここには存在しないのだった。
 風景は飛ぶように後方に去って行く。手を引く男が、警備の少ない町外れに向かっているのだという事実だけが鮮明だった。変なところで頭の回る男だと妙なところで感心しながら、放せと俺は叫んだ。放すか馬鹿と男は答えた。奴ら、お前が主犯格だと思ってるんだと悔しそうに言う。
 勘違いだった。思い違いも甚だしいのだった。
 彼らが俺に手を出すなというのは、単に俺がカシュトカデシュの子飼いだからだ。それを、自分の良いように勘違いをして、馬鹿正直に裏切り者の手を引いて逃げようとしているのだった。こいつは。
 何処まで馬鹿なんだと、泣きたいような気持ちで俺は思った。
 早く、こいつを一連の爆破事件の主犯格として引き渡さないと、己の悪事まで明るみに出る羽目になる。俺は焦った。焦り、早くこの手を放さないとと思った。男の走って行く先に見えるのは、己の身の破滅だった。
 けれども、男の力はあまりに強くて、走る速度はあまりに速くて、俺はただ引きずられることしか出来なかった。


 引きずられて引きずられて、町外れまで来た。砂漠との境のそこ、緑の野原は妙に静かだった。男は手庇の影から陽光の欠片を見た。まだ時間はあると呟く。このままここで夜まで過ごして、夜になったら砂漠を越えようと言った。
「大丈夫だ、何とかなる」
 男は微笑んだ。
 俺は、そこで漸く気付いた。


 狂気のような時代なのだった。火事のように憎悪は燃え広がり、戦火によって世界は破滅するしかない宿命を背負わされていた。血を流しながら誰もが狂っていた。

 そうして、そんな時代を俺は愛していた。
 陰謀や策謀や、悪意や憎悪の中を泳ぎ、それを忌み嫌いながらも俺はそれを愛していた。
 だから。

 馬鹿な男だと俺は笑った。緑の絨毯の上に鮮血が舞って、長身の男はその上に、ものも言わずに倒れた。
 そうして倒れてから、何が起こったのかを理解するのに数分を要した。

「そうか」

 荒い息を吐きながら、それでも男は笑んで見せる。

「お前が」

「ユヤ。マルクータの構成員だ」

 低く言う。男は、ぱちぱちと目を瞬かせた。

「そうか、お前が……トロメア領主の」
 男は少し噎せた。口の端に、血が滲んだ。

「道理で」

「気付くのが、少し遅かったな」

 その言葉が出来るだけ冷たく聞こえるように願いながら、俺は男を見下ろした。

「良いんだ」

 男は笑う。笑って、良いから、傍に居てくれと、言った。頷いて、俺は空を仰いだ。

「お前、本当は知っていたのではないか?」
「何を」
「何処を爆破されるかを、だ。だから、男が現われる場所を、指定出来たのではないか」
「俺が知っていたのは、爆破を成功させたあいつが現われる場所、それだけだ」

「……」
「他は何も知らない」
 カシュトカデシュは黙り、俺は知らないと繰り返した。
 天上とカシュトカデシュの秘密の繋がりも、俺の裏切りの証拠も全て消えたのだった。後は、ただ黙って知らないふりをすれば良いだけの話だった。虚実の織り交ざった報告書を書いて、マルクータ本部とカシュトカデシュに渡す。それで終わりだった。

「……重要参考人を、お前は殺した。何故だ」

 カシュトカデシュが問うた。

「さあ」

 肩を竦めると俺は答えた。かさかさと動きにつれ、手の中でシロツメクサが音をたてる。
 ふと思い出してポケットからクローバーを取り出した。

「やるよ、これ」

 萎えた草を突き出されて、カシュトカデシュは眉を顰めた。

「何だ?」
「四葉のクローバー」
 嫌々受け取り、無造作にそれを胸ポケットに入れるとカシュトカデシュは気味の悪そうな顔をした。

「……どういう風の吹き回しだ?それに、そっちは」

 手にしている花冠に、目を遣る。少し笑うと俺はそれを頭に乗せた。

「こっちは俺の」
「何だそれは」
「強奪者の王冠」
 萎びた花は、頭上で風にかさかさ揺れた。

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