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  • 04/29/08:28

09.29.12:52

SSS18連発。

混沌としてます、色んな意味で。
別名乱れ撃ち。




「灰罹とキルス」

「困ったなあ」
 そう言って彼は溜息をついた。
 そうは言っても酷く浅く、けれど俺はそれを溜息だと知っていた。
 彼が心底困っているのだという事も知っていた。
 けれど、何故彼が困っているのかを俺は知らなかったし、何を困っているのかも教えてもらえた事はなかった。
「困ったなあ」
 然して大した事でもないように、それでもほとほと困り果てているのだ、と彼は繰り返し繰り返し。

「困ったなあ」

「うん?」
「…あ」
 彼に言葉を返されて、それから初めて気付く。
 困った。
「何だ、何か悩みか」
 あんたもね、と胸中呟きながら曖昧に返事をすると彼が笑った。
「まあ、程々にな」
「あんたも程々にしといて下さいね」
 今度はちゃんと口に出して言うと、鼻で笑われてそれで終わった。完全に、お前には関係のない事なのだと壁を作られた。
(-…なんで)
 苛立っている。こんな事で苛立っていた。俺の方こそ関係などない、と鼻で笑わなくてはいけないのに。
 殺さなくてはいけないのに。

(20050607)



「エメトと紗」

 灰に埋もれた瓦礫の山に、鈍く光る錆びたプレート。
「何だコレ」
 在る筈のない器官が大きく跳ねた、気がした。

 やかんを火にかけて戻ってきた彼女に、拾ってきたプレートを手渡す。
「あらぁ…識別プレートね、コレ」
 彼女の細い指がプレートに書かれた文字を辿って行く。
 G-…先は暫く擦れて最後に59。
「GOLEMか?」
「どうかしら~。確か49までは稼動して、部隊にも組み込まれていたと思ったけれど…」
 作成過程で破棄されたのかも~、と曖昧な答えを残して彼女は俺の手にプレートを戻した。そのまま茶葉を取りに立ち上がる。
 片手で、彼女がそうしたようにプレートをなぞる。磨り減って読めない文字も、指で辿ると判るものだな、と思った。
 そのまま机の上に置く。窓の外は相変わらず灰が降り続けていた。こうしている今も、静かに世界は終わっていく。愚かな、愚かな、人間達。
 窓を開け放ち、椅子を寄せてそこに頬杖をつく。このまま30分も放って置けば、外と同じようにこの部屋の空気も汚染され、彼女も感染するのだろうな、と考える。弱い弱い生き物だ。簡単に死ぬし、簡単に何もかも投げ出して逝ける。
「-…だから人間ってキライなんだよなァ……」
 手の中のプレートが合いの手を打つように煌く。

 日の光も知らぬ兄弟の残滓よ、それでもお前は幸せかい?
 このじごく世界を知らずに。

「エメト、何飲む?」
 彼女が台所から顔を覗かせる。案の定、視線は一度は俺の方に向けられたものの、すぐに開け放たれた窓の方に向いた。咎められるか、と思った。なのにご機嫌取りのように思えて、すぐに閉められずにいる。
「相変わらず嫌なお天気ねぇ」
 彼女は言って、俺の手の中からプレートを取り上げた。そうして、躊躇いなく窓の外へと放り投げる。
「!!うっー…す、ぎぬさん?」
「なぁに?」
 見下ろす彼女の髪に、灰が付いている。取り敢えず窓を閉めると彼女の髪に付いた灰を一つ一つ取り除いた。それから黙々と作業に没頭しているフリをして、様子を窺った。目が合うと相変わらずの笑顔で、小首を傾げられる。
「お、怒ってる?」
 訊いたところで、矢張り彼女は相変わらずの笑顔だ。

「それで、お茶は何が良い?」

(20050607)



「蘇羅」

 煩わしい、蟲がいる。

 視界を、黒く埋め尽くす黒蠅だ。
 鼓膜を、酷く遮る無数の羽音だ。

 死肉に集り、貪る、汚らわしく、煩わしい。

 憎しみにすら至らない、取るに足らないその存在に、酷く苛立つ。

 誰でもいい。
 その蟲を潰してくれ。
 王冠じゃないんだ。
 ただ、私の大切な花を汚す前に、誰かどうか。

 煩わしい、その蟲を潰して下さい。

(20050607)



「アートマンと鴉欺」

 時折、不安になる事がある。この暗い暗い地の底で、誰に省みられる事もなく、ただ自由―というのも可笑しな言い草だ―に生きていくというのも悪くない。そもそも、自分はそういった「生き物」だというのに―なのに、時折考えてしまう。不自由を事欠く。
 試しに「家」を持ってみた。帰る場所に縛られる自由というものを得てみた。
 次に、時計を置いてみた。規則正しい音が羅列する部屋は心地よく、何個も何個も置いてみる事にした。

 その頃になって漸く自分以外の、それも自分とは違う種類の「生き物」と向き合う機会が訪れた。これは仕方がない。自分と同じ「生き物」は「彼女」を除いて他に無く、またその「彼女」とは遠く遠く分かたれてしまっているのだから―それこそそう、明暗陰陽白と黒。

 ある日、自分の「家」に親しくなった「生き物」を連れてきた。「生き物」は時計だらけの「家」に頭痛を覚えたようで、すぐに外へ出てしまった。慌てて「生き物」―彼を追いかけて自分も外へ出ると、こめかみを押さえながら、アレは遣り過ぎだよ、と「生き物」が笑った。自分としては寧ろ解からない事だらけで、それでも彼が帰らずにいてくれた事が嬉しかったのを覚えている。それから、配色のセンスが最低だとも言われた。そこで初めて、私は「色」というものを知った―世界は明暗陰影白と黒だけで分けられているだけではないのだ。

 私はこうして、自分以外の「生き物」と少なからず接点を持ち、不自由に満足しながら生きていく事ができるけれど、自由の畔で永遠を生きる「彼女」を思うと、時折辛く不安になる事がある。

(20050611)



「エルバフォーリアと未来」

 彼は何も言わない。
 私は何も思い出せない。
 考える。この、何処か懐かしい思いは何なのかしら、と。何か何か、大切なものを何処かに置き忘れてきてしまったかのような焦燥感が、確かにこの胸の内に在るのに、どうしてかしら。私はどこかで、それを思い出したくないとも思っている。

「大丈夫か?」
 黙り込んでいた私に彼が声を掛ける。
 大丈夫。大丈夫よ。私は大丈夫なの。
「平気。大丈夫」
 ねぇ、だからお願い。
「…エルバ?」

 言って。

「…何でもないの、行きましょう」


 -と、言えない自分自身の、何と歯痒い事。

(20050611)


「灰罹」

 生まれた時の事を、覚えているか。
 口を大きく開け、肺を満たす事に全神経を傾ける、その行為を始めた瞬間。

 なら、生まれる前の事を覚えているか。
 自我の無い頃。
 自我の無い、その時、その頃が生まれる前なのか。

 この記憶は何だろう。

 たゆたう、たゆとう、水の揺らめき、肉の痛み。

 引き裂かれて、目覚めてはまた繰り返し繰り返し無為な肺呼吸。
 生きる事にどれだけの価値が?なら死にも?何度でも?

 何度も何度も何度も訪れる生には既に始まりの意味を失い、何度も何度も何度も訪れる死にも既に終わりの価値は無い。

 行き着く所さえ見失って、それでも、喘ぎながら走り続ける。
 生からも死からも隔離されたこの場所で、水の外で、無為な肺呼吸を繰り返しながら。

(20050629)



「現火と鴉欺」

 ひかり、とは。つまり、いつだって遠く、手の届かないところに在るもの、なのだろう。

「-…温もりを、どう思う?」
 髪に付いた灰を振り払いながら、隣で弟が訊いて来た。それから、眼鏡を外し、ふぅ、と息を吹き掛ける。鮮明になったレンズに満足したように、一度頷くと再度装着し、今度は俺の顔を正面から見て同じ質問を繰り返す。
「何、急に」
「さあ、何となく」
 そして弟は目を逸らす。
 ウソツキめ。けれど、大概性格の悪いのはお互い様だ。例え俺とこの弟との間に、明確な血の繋がり等なくとも、そういった点において俺達は限りなく近しい存在でありえた。
「何となく、気になって」
「…ふぅん」
 だから俺も気付かないフリだ。ザマァミロ。
 ただ一つ、俺とこの血の繫がらない弟との間に差異が在るとするのならば、それは。それは、いつだって俺が暗がりにしか在り得ないという事。暗い暗い穴の底で、世界を見つめているのだという事。世界はひかりで満ち溢れているのだという事。その中にこそ、弟は存在しているのだろう、という事。
 羨ましい、だなんて思わない。ここに居るのが俺で良かった。こんな所に居るのは、俺で良かった。

「いや、だってさ、アレだよ」
「うん?」
 視線は逸らしたまま、ガラス戸一枚隔てたその向こうで降り積もる世界を殺すものを見つめたまま弟は先を続ける。
「俺、親とか、よく解かんねぇしさ。お前はあの人に育てて貰ったじゃん?だから、何だろう…家族の温もり?そういうの、俺に解からないもの、解からない事、解かって、持ってて、知ってんじゃねぇかなぁ…って、さ」
「…現火」
「多分、ひかり、みたいなもんじゃないかな。もしかすると、そーいった曖昧なものこそが、アイツを救えるんじゃないかな、って思うと」


「俺は無力だな」

 そう言って弟は笑った。

(20050711)



「アジュラ」

 生きる事に、最早明確な意図など見出せず、それは寧ろ自動的なまでに規則正しい、義務のようであるとすら思えるようになってから、どれだけの月日が流れた事だろう。それでも、俺は変わらずに答える。世界は美しい。この頬に風を感じ、指先に触れるものが在る限りは、それらは全て、愛しい愛しい彼女の被造物であるから。彼女の愛した全てを、愛そうと思う。俺はそう、ただそこに在るだけで良い。そして、ほんの少し停滞した世界にこの指先を伸ばせれば、この上ない幸せを噛み締め続ける事が出来るのだろう。

 ずっと。

(20050711)



「ヒル」

 どうしようもないくらいの絶望を味わうと、人は成す術もなく脱力し、頭垂れ、膝を折る。
 そういう生き物だ。
 そういう風に出来ている、生き物だ。

 水の中、笑わない貴方。
 去り際にはいつもの笑みを浮かべていたのに。
 目は閉ざされたまま何も映さない。
 見たくないものが多すぎるからか。
 俺自身も含め?
 勝手だね。
 ああ、そうさ貴方はいつだって身勝手だ。
 焦がれずにはいられない程に、身勝手で、奔放で、自由だった。
 柵もなく、ねぇ、貴方?
 何故、貴方は。
 貴方。
 俺は、本当は、本当に、貴方に焦がれて焦がれて焦がれて焦がれて焦がされた。
 もうこれ以上、待てないのです。
 打ち捨てられた俺は、もう本当に、貴方以外に縋るものはないのです。
 お願いです、お願いします、捨てないで。
 貴方まで、俺を捨てていかないで。
 一人行くと言うのなら、一人俺を捨て置くと言うのなら。

 どうか一緒に、連れて行って下さい。

 それが叶わないのなら、どうして俺は呪わずにいられるでしょう。

 世界を。
 貴方を。
 俺を。
 その総てを。


 そうして、人は今一度面を上げ、天を仰ぎ叫ぶのだろう。
 呪詛は、獣の咆哮に似ている気がする。

(20050715)



「灰罹」

 同じ顔をした「モノ」が、整列している。それは圧倒的で、不気味だ。

 罅割れた水槽に指を這わせる。電力の供給が絶たれた研究所は、けれど時の流れの影響を受けず静止したままだ。流れ出した途中で止まったままの培養液に触れると、途端にその箇所の時だけが動き出す。その冷たさは懐かしい。身体を突き刺し、突き破り、切り裂いたあの怜悧な刃物によく似た冷たさだ。
 世界よ、狂喜に咽び喘ぎ打ち震えるがいい。静止していた時を動かそう。在るべき終末への途を辿ろう。
「-…唯一」
 それだけが、今出来る全て。
 先刻手にしたばかりの、慣れない得物に意識を集中し、砕く。整列した容器は音もなく崩れ落ち、時と共に水が流れ出す。水は濁流であり、押し込められていた汚物を世界へと蔓延させる。
 動き出した時と、兄弟達に祝福を。

 ヒカリアレヒカリアレヒカリアレ。

 同じ顔をした「モノ」が、整列している。それは圧倒的で、不気味だ。それが、自分と同じ顔をしているのなら尚の事。自分が朽ちていくのを見るのはどんな気分なのか。結局、何の感慨も抱けずにいる俺はどうかしていると思う。同じくらい、仕方ないとも思う。どうせ、腐ってるのは俺だ。何度も死んで、切り刻まれ、死んで死んで死んで死んで死んで死ぬのは俺だ。でも、実はもう死にたくなかったりもする。もう死にたくない。だから、これで最後にしようと思う。

 世界は死ぬ。
 俺の望むままに。

 世界は死ぬ。

(20050715)



「晦と現火と灰罹」

 誰にも、言えない。

 あの男は、唐突だ。人を小馬鹿にして、散々詰った挙句ロクなフォローも入れずに去って行く。その上、名前すらまともに呼んで貰えない。言うに事欠いて「チビ」だの「ミジンコ」だの「小さ過ぎて視界に入らなかった」だの、と言う。人の身体的特徴に難癖をつけるのは程度の低い奴のする事だ、と僕は自分に言い聞かせて我慢をする。でも、僕は決して彼の事を、嫌いじゃなかったんだ。どんなに酷い事を言われたって、馬鹿にされたって、最後にはいつも僕の事を助けてくれたから。だから、僕は本当の事を知った時、どうしようもなく落ち込んだんだ。でも、どうしてか僕は裏切られたとは思えなかった。きっと、何処かで知っていたからなのだと思う。本当は彼は、ずっと僕を遠ざけようとしていたという事。本当は、本当に、凄く凄く優しいんだ。

「優しいんだよ、アイツ」
 彼と同じ顔で、笑う。でも彼じゃない。だから僕も笑える。知ってるよ、と笑える。頭を撫でてくれて、この人もとても優しい。
 この人にも、きっと言えない事がある。思っていても、言えない事。

 全部知ってて、ずるいね。暴く事すら、許してはくれないなんて。
 どうして気付けないんだ、僕は。誰にも言えない、なんて、そんな、事はない。言えば良かったんだ。言えば良かった。
 今度会ったら僕は言おう。それで、彼を救えるなら僕は言おう。

 僕は、君の事がとてもとても好きなんだ。

 その男は、笑った。
「知ってる」
 暗い色をした、千切れかけた幾重の翼で破滅を振り撒きながら、笑った。
「-…で?それで、それが今更何だってのかな、勇者サマ?」

(20050715)



「ヒルと禍儺」

 薄く、暗い、無音。
 それが世界。
 たゆたうのは意識でなく、視界。
 感じるのは四肢でなく、破れた鼓膜。
 風の音が煩いのよ。
 (聞こえないの、耳まで届かないのに)
 遠くで鴎が鳴いているわ。
 手を離さないでね、連れ攫われてしまう。

 私、本当は。


「-…昔の事を、覚えている?」
 訊くと、彼女は首を傾げて微笑んだ。銀色の髪が朝の陽の光を浴びて、眩しいほどに光り輝いている。俺はそれを肯定の意として受け取り、先の言葉を続けた。
「じゃあ、あの人の事を、貴方は知っている?」
 目の前の少女は、緩く緩く微笑んでいる。その手を取り、口付ける。

 潮騒は納まらない。

(20050718)



「アートマンとセレスタ」

 ささくれた木目に、指を這わせる。蝋燭に照らされて、そこに色濃く陰が落ちている。棚に並ぶ品々は、とてもじゃない、入手経路を堂々と明かせるような正規の代物ばかりではなかったけれど、それでも、私はそれなりにこの店を気に入っていた。
 時計収集の趣味は相変わらずで、需要も無いのに随分と幅をとっているのも、自分好みのお気に入りの箇所だったりする。
 客の入りも最初こそ今ひとつだったが、今では年中無休の24時間営業という事もあり、何より取り扱う「一般ウケしない品々」の甲斐も手伝って、お得意様も増えたものだ。
 私は、この生活をとても気に入っている。それでも終わらせなくてはいけない、その事を思うととても悲しくなる。でもきっと、それは仕方のない事なのだと思う。こういった職に従事している以上、それは有り触れた結末で、けれど自分が自分でさえなければ有り得なかった結末で、あまりに呪わしい、結末で。
 嘆く事すら馬鹿馬鹿しい。だから私は飛び切りの笑顔で出迎えてやる事にしよう。

「いらっしゃいませ、何をお求めで?」

 店内へ侵入してきた三つの人影。私の領域を侵す好ましくないもの。銀色と黒のお得意様、金色の欠片、そして薄く笑いながら片手を軽く上げて入ってきた、少年の姿をしたソレ。

 ああ、やっぱり相変わらず怖い人だ。

(20050720)



「フルスヴァルトとエメト」

 今の自分に、明確な生きる理由など在りはなしない。

「サーブル」
 背中に向けて放たれる声。気配に、途端に濃厚になる臭いに思わず眉を顰めながら、それでも振り向かず、そのまま作業を続ける。目当ての線を見つけ、慎重に指を絡める。道具も手元を照らす灯りも無い。こんな事ならもう少し念入りに準備をしてくるべきだった、と舌打ちする。つまり、その程度にはまだ余裕がある。
「なー、サー…」
「煩い、黙ってろ」
「…」
 引き千切る。これを繋ぎ直せば終わりだ。
「-…もういいんだ?」
「ああ」
 立ち上がり、そこでやっと振り向く。手土産をぶら下げた相棒に、眩暈を覚える。先程から放たれる悪臭の原因はこれだ。
「何処で引っ掛けてきた」
「いーじゃん。コレ本部に届けて旨いモンでも食おーぜ」
 どうせここに来るまでに派手に動いて引き寄せたに違いない。
「いくら聖人だからと云って、無茶が過ぎるんじゃないのか」
「正確には聖人と噂されてるから、だろ」
 そう言って笑みを浮かべる。この男がこういった遣り取りに成功したときは決まって悪戯が成功した、子供のように笑う。俺は彼のそういったところを好ましく思う。彼の生い立ちを知って尚、その純真さは損なわれてはいけない、尊いものだと確信が持てる。
「俺にはその差異が判らん」
 言うと、途端に笑みが退く。男は目を瞠って黙り込んだ。心底驚き、戸惑っている様子が、子供をからかっている時にも似た思いを連想させ、いよいよ気の毒になって来た為助け舟を出してやる事にする。
「この『眼』じゃな、視えるものも視えやしない」
 そこで漸く男は納得したようだった。勿論、言いたかった事はそんな事ではない。けれど今は思い煩う事無く、好きに生かしてやりたいという思いが先立った。
「だったら抉じ開ければ?全部無くなったわけじゃねぇんだし」
 男は自身の額を指差して言った。指先を覆う手袋に付着した血が糸を引く。
 本能、とは実に恐ろしいものだ。知っていて言っているのだとしたら、この男は一体何なのだろう。人ではないのか。
(-…いいや)
 この男は「人間」だ。狂おしい程に「人間」を渇望する「人間」。若しくは「人間に成り掛けた胎児」だ。
「なあ、相棒」
「んー?」
 額の、縫い目の、その奥が疼く。開けば、届かなかった光に指先が掠るかも知れない。掠らないかも知れない。実行に移すまでは、希望を抱き続けられる(そして希望を手にする事も永遠に在り得ない)。
「お前は何で生きてると思う?」

 今はまだ「その時」じゃない。そう言い訳をして、今日も、生きる。

(20050724)



「灰罹とキルス」

 罅割れたガラス戸の外で灰が降る。音も無く。喧騒も無い、ただ無人のプラットホームで彼を待つ。腰掛けたベンチには置き忘れた(置き捨てられた?)昨日の新聞が無造作に投げ出されていた。
 手にはメモ。箇条書きに、簡潔な文章。綺麗な字だ。書いた本人は、少し癖のあるこの字を下手だ下手だと言っていた。でも、俺は綺麗な字だと思う。初めて、それを字として認識して、その意味を捉えて読んだのが、彼の字だったからなのかも知れない。好きな字だ。綺麗な、字を書くと思う。知らなかった。
 待ち合わせの駅で彼を待ちながら、そんな事を思う。メモは四つ折りに、ポケットの中へ。血が着いているのを勿体なく思う。彼が字を綴るそのペンを持つ手は、何だか何時も血塗れだ。
 手渡されたメモを受け取って、書かれている事をして、物を持って、俺は帰る。
 本当は、とても綺麗な字だと思う。本当は、とても綺麗な人なのだと思う。ただ、血で汚れて、汚れて、汚れてー…それが悔しい。
『君じゃ勇者になれないんだよ、坊や』
 道化師の言葉が脳裏に過ぎる。
『だって、本当は囚われのお姫様も、悪い魔法使いもいないんだからね』
 突きつけられた真実は、俺にとって死刑宣告に他ならなかった。本当は、ずっと知っていた、気がする。判っていた、ような。
 ポケットの中の、血で薄汚れたメモが気に入らない。取り出して、乾いて黒ずんだ箇所を擦る。落ちない。そんな事も、判りきっている。どんなに受け容れ難くとも、受け容れねば成らない事、不変なるものがこの世には在る。その不条理に、心を痛める。
「おーい」
 改札から顔を覗かせ、彼が来た。慌てて立つ。それからー…
(どうする!?)
 どんな顔をして、彼と話せと。
 立ったまま動かずに(正確には動けずに)いる俺に、彼は訝しげな表情で首を傾げながら近付いてくる。あの大嘘吐きな男が、今目の前に立とうとしている。
「キッルスちゃ~ん?ンだよ、立ったまま寝てんのか、あ?」
 そう言って、この男はまた嘘を吐く。嘘を吐き続ける。嘘で真実を覆い隠し続ける。きっと、この世の終わりが来るまで。だったら、俺は、その嘘に付き合おうと思った。この世の終わりが来るまで。
「-…いや、遅かったから、どうしたのかな…って」
「ああ、ちょっとな」
「そうデスカ」
「そーですヨー」

 だって、仕方がない。ごめん、親父。ごめんなさい、ごめんなさい。だって俺は。

「じゃ、行くとしますか」
「了解」

 勇者なんかじゃなかった。
 だって俺は、もう。

 ポケットの中のメモを握り潰す。多分ソレが、俺の限界(そして決意だ)。
 握りこんだ爪先が、掌の肉を食い破り血が滲む。流れる血は、最早紙屑以外の何物でもないそれに染込み、また一つどす黒い血の跡を残すのだろう。これまで彼の手によって流されてきた多くの血と同じように、これから流される多くの血と同じように。そして、その多くの血が、他でもない、彼を加害者へと仕立て上げるのだろう。

(20050728)



「灰罹」

 草原は、何処までも続く。青い、青く、生い茂る草原。それを、人は理想と呼んだ。夢では、不確かで幼稚な響きを含む、だから理想なのだ、と。馬鹿な、と俺はそれを笑うのだろう。馬鹿げている。呼んで、そして?呼んで、焦がれて、それで何だと言うんだ。呼び名を変え、けれど求めているものは同じ。皆一様に、武器を放り出し、膝を折り、その芝生の上に寝転んで、それで理想郷?夢物語の帰結か。それを求めているのか。求めているのに、理想と、夢と、終わらせるのか。何故判らない。立ち上がれ、武器をとれ、戦え。最後まで抗わなくては。本当に何も、残るものなどないのに。

(20050728)



「ヒル」

 目覚まし時計を止める。布団から腕だけを伸ばして、外気のあまりの冷たさに目的だけ達成すると即座に引き戻した。ついでに、時計もそのまま布団の中に引き込む。見ると、5:30に鳴るようにセットしておいた筈の時計は、それより少し手前で鳴ったようだった。何となく得をしたようで、機嫌を良くする。この上機嫌なら、気合で布団から出てしまっても良いかも知れない。
 寒くない、寒くない、寒くない、と頭の中で三回唱えてから布団を抜け出す。寒い。いや、寒くなどないのだ、と裸足の足で見当を付け、脱ぎ散らかした足元のブーツを履く。仕事場へ向かうとしたら、後できちんと靴下を履かなくてはいけない、と頭の片隅に留め遣りながら、ベッドを降りる。
 今日は義弟が仕事場へ顔を出すと言っていた。恐らく午前中で院を閉める羽目になるだろう。
 剥き出しの土壁に沿って置かれたローボードが洋服箪笥の代わりだ。他の雑多なものもここに収納している。他にこの家にあるものは本と、数日分の食料だけだ。それも書庫と貯蔵庫とに分けて管理されているので、寝室にあるものといえばこのローボードとベッドくらいのものだ。
 先程頭の片隅に留めた靴下と、包帯を取り出す。再度ベッドの上に腰掛け、剥き出しの左腕に包帯を捲き付けていく。
 傷などは殆どない。歪みも、異形としては軽い方だった。けれど類を見ない形状の為、養父がしつこく腕に包帯を捲く事を要求してきた。その日課が今も身に付いている。あの男の許を離れてから随分と経つのに、忌々しい事だと思う。あの男に反発しながらも、結局は頭の何処かで、その正当性と絶対性、そして存在を理解し、意識している。呪縛などではない。ただ優しさだけだ。それが煩わしい。
 包帯は、あの男に拾われていた時に捲きつけていたものを、今も使っている。当時は傷口も露わだった為、その血痕が茶褐色に包帯の所々に染み付いている。それでも、捨てる気はしない。仕方ない。これだけが、今の俺とあの出来事とを繋ぐ唯一のものだ。
 忘れない、と幼心に思った。絶対に、何があってもこの事だけは忘れるものか、と思った。その、願いのような、祈りのような、そんな思いを、包帯を握り締めながらずっと胸中で反復していた。肌を焼く、炎の熱さ。腕に走る、損失の痛み。その出来事の全てを、抱留められた、あの温もりを、忘れてはならないのだ、とそう思った。
 左腕をすっかり包帯で覆ってしまうと、忘れずに靴下を履き、ブーツを履く。土壁の窪みに収まったカンテラに油を追加し、それを持って部屋を後にした。
 今日もまた憂鬱な一日の始まりだ。16年前のあの日の出来事もこんな夜明け前だっただとか、義弟の誕生日が随分前に過ぎていただとか、そんな事は瑣末な事だった。要するに、俺の感心を惹くに足る事というのは、極限られた出来事だけなのだという事。例えば、炎の中の昏い影とか。

(20050810)



「Rex Mundi」

 此の方にどれだけの価値が在ったのか、それだけは終ぞ判らなかった。
 彼の神は言い賜う――君ニ幸アレ。なれば此の方は神に問う――神よ、汝の仰る幸福とは一体如何程のものであろう。
 此の方、終わるべく場所へ再度舞い戻る。歪に波打つ大地に降り立つ。仄白く、仄青い地平を臨み見る。そこに浮彫りになった、瓦解した悪逆の城を前にする。
 神よ、なれば此の方、汝の賜う通りその、幸福とやらに縋ろうではないか。今更、などとは問われるな。所詮此の方に価値など初めから在りはしなかった。
 神よ、汝が此の方に見出した安穏も救済も、結局は貴方が押し付けただけのものに過ぎない。此の方に価値など在りはしない。少なくとも、此の方は自らに価値を見出す術は知らぬ。それでも、尚汝がそこに価値在るものを見出したのだとしたらそれは、それは汝と共に在った時間にこそ与えられるべき賞賛なのだ。なれば、此の方そのものに露程の価値を見出せなんだでも、足掻くくらいは赦されよう。

 汝の為だなどとは言いはしない。
 愛しい者達の為だなどとも言いはしない。

 断言しよう。

 此の方はただ己のみの幸福に殉じ、この世界を亡ぼそう。


And that’s all?
 

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